第106話 年末に向けてのあれこれ やっぱりドレスは難しい
エンパイアドレス。
胸の下で切り替えるドレスで、ルネサンスあたりのイタリアで流行。
フランス革命後のナポレオン時代でも主流だった。
だからエンパイアスタイルって呼ばれてるのね。
コルセットもなくてとても楽なドレスだったのに、切り替えが胸から腰に移ったらコルセット復活。
今のスタイルに近づいたのはココ・シャネルが台頭してからだ。
「イタリア時代の方は重厚で、ナポレオン時代はかなり薄手ね。風邪ひかなかったのかな」
「肺炎になって死んだ人もいたって。そこまでして流行を追いたかったのかな」
アルが女の人の気持ちはわからないと首をふる。
大丈夫。私もわからないから。
今日は犬のアロイスの部屋にノートパソコンを持ち込んでデザイン対策をしている。
頼みの綱の
仕方がないので二人でスケッチブックと色鉛筆でへたくそなお絵かきをしている。
「じゃあ夏はナポレオン時代ので、他はイタリア時代のでいいかしら」
「そうだね。涼しそうだし、いいんじゃない。オーバードレスを色違いで何着か作っておいて、基本のドレスに重ねて」
「替え襟の他に袖口もいるわね。トレーンも何枚か。髪のデザインも・・・この絵のセンスじゃわかってもらえないわね」
幼稚園児の落書きレベルのスケッチブックにため息をつく。
「そういえば、ルー。新しい魔法を覚えたって言ってたよね。写真見たいに印刷するやつ」
「あ、確かに覚えてたわ。全然使ってなかったけど」
「あれ、つかえない ? 絵の上手なベナンダンティに書き起こしてもらうのはどうだろう」
あー、総会で出会ったヤニス洋装店のお姉さん、あの人に頼めないかな。型紙とか起こしてもらえるかも。
でもちゃんと思い出せるかな。
「記録媒体に溜めるようなイメージでできないかな。それが出来るとこれからの活動に使えると思うよ」
◎
その夜は冒険者の日だったので、ギルド総出で冬眠しそこなった魔物や獣を倒していった。
本来冬の間寝ているはずの魔物たちを放置しておくと、エサが無くなった時人里を襲うのだ。
家畜を襲われるのはまだいい。
一度人間の味を覚えてしまうと悲惨なことになる。
そうならないよう、何日もかけて奴らが潜んでいそうな場所を探すのだ。
「今年はこれでしまいか」
「安心して年越しの準備ができますね、兄さん」
角が四本ある熊と、鹿のように見えたけど実は一角鹿と言う魔物の二頭を風船よろしく浮かばせる。
「鹿は普通は角が二本だろう。よく見たらわかると思うが、一角鹿は角が一本なんだ。真ん中から出て枝のように広がっているだろう。この角は飾りとして喜ばれるが、薬を作るときのつなぎにもなるんだ。よく覚えておくんだ」
「「はいっ ! 」」
アンシアちゃんと二人、元気に返事をする。
やはり私にはこっちの方があっている。
「これからの季節は討伐も採集もほとんどない。たまに護衛だ。俺たちは他にご老公様から依頼を受けているから、通常の依頼は他の奴らに回す。だから武道館での訓練と座学が中心だな」
足元がザクザクと鳴る。
森の道は霜が降りていて、もう冬なんだと気付かせてくれる。
年が明ければ街は雪に包まれる。
春が来るまで静かに静かに過ごすのだそうだ。
「さっさと戻って温まろう。今日は領館に行かなくていいから気が楽だ」
少し速足で街に向かう。
まだ夕四つなのに西の空は紺色になっていて、地平近くがほのかに赤い。
それも街に着くころには満天の星空に変わっていた。
◎
ハイディさんのお店で夕食を取った後、ベナンダンティ専用宿舎でヤニス洋装店の主任さんとお話をする。
お名前はフロラシーさん。
冒険者にならずに派遣社員として洋装店に勤め、
「店長が急に替え襟とか言ってきたから、またルーちゃんが何かやったんじゃないかとは思ってたけど、そういうことだったのね。確かに日本人の感覚では贅沢でもったいないものね。ルーちゃんの金銭感覚は普通よ」
フロラシーさんはバックからスケッチブックを出し、いくつかのデザインを見せてくれる。
「言われてみれば、確かに同じエンパイアスタイルでも、ナポレオンタイプのドレスはなかったわね。店長が指示してきたのはイタリアンタイプのものなの。でもどうしても似たり寄ったりになってしまって。結構保守的なのよ、ここ」
「冬は確かに無理だと思います。かなり薄い生地を使っていたみたいなので。でも夏ならどうでしょう。あんな下着っぽくなくて上品なものが作れると思うんですけど」
記憶媒体機能が上手く仕えなかったので、なんとか思い出したウェブで見た絵画の転写を見せる。
「私も頭が固くなっていたわね。重厚なものぱかりイメージしてた。若いあなたにはこういった軽やかな物もありね。替え襟とか駆使して、毎回違うドレスで登場して社交界に新風を吹き込みましょう。流行りを追うのではなく、
「お任せしても、よろしいですか」
フロラシーさんはバンッと胸を叩いた。
「
「よろしくお願いします。あとお方様が捨てるように言ったドレスも、無駄なく使っていただきたいんです。もったいなくてもったいなくて」
アルはやれやれという顔をし、フロラシーさんはアハハと笑った。
「まかせてちょうだい。みんないいお品ですもの。きれいにバラして大切に使うわ。そうそう」
スケッチブックをパラパラとめくって一枚を見せてよこす。
「年越しのお祭りの時の衣装、こんな感じでどうかしら。エスメラルダとキトリだったわよね。これなら両方に使えると思う」
デザイン画は黒のボディに赤いスカート。
フラメンコの衣装のように前が短め後ろが長め。四段のフリルがかっこいい。
「もう作り始めているのよ。お祭りの前には完成するように一度仮縫いに来てね。伴奏は・・・今度も君 ?」
「はい。他にピアノが弾ける人がいないみたいで」
「どの曲の予定 ?」
キトリの一幕から二曲と三幕から一曲。エスメラルダも入れて四曲の予定。どれか一つをアンコールにしようかと思ってる。
「コンクールとかでよく踊られるやつよね。よし、賑やかしに手拍子とかいれるサクラを頼んじゃいましょう。元気よく行くわよ」
「あの、そこまでしなくても」
「だーめ。ルーちゃんは今年初めてだから知らないと思うけど、年越しのお祭りって厄落としの意味もあるの。大騒ぎして今年あったことを全部流して、それで新しい年を迎えるのよ。だから賑やかすぎる方がいいの」
お祭りは新年の二日前。
翌日の
「もう古くからベナンダンティの日本人が関わってるから、初詣とかおせち料理とか、変わった感じで伝わってるのよ。いろいろ面白いから、たくさん楽しんだらいいわ」
去年の年末年始は両親とも呼び出され、一人でテレビの特番を見たんだっけ。
誰かと出かけたりすることもなかったけど、今年はこちらにも家族が出来たから、賑やかに過ごせるような気がする。
ベナンダンティになってから、私の生活は毎日楽しいことばかりだった。
それまでが寂しい日ばっかりだったから、私、今しあわせだ。
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