第105話 お母様とドレス選び けっこう疲れる・・・

「だめよ、ダメだめ ! その柄はもう古いわ。ここにある私の服は全部だめ。もうそんな時代じゃないの。もっと斬新で若々しくないと」


 保管してある全ての女性用ドレスを陳列して、お母様 ( 領主夫人 ) がダメ出しをしている。

 私の服を作ってくれるらしい。ヤニス洋装店の皆さんも勢ぞろいしている。


「普段使いにはいいの。古いものを大事にしているっていう生活態度は大事よ。でもね、いざという時にはダメ。侯爵家として特別感を出さなければ」

 

 基本となるスタイルがエンパイアラインなんだから、どう頑張っても変化をつけるのは難しい。

 そこは各デザイナーの腕の見せ所なのかもしれないが、正直こんな散財してもいいのかという気持ちで一杯だ。


「ごめんね、姉さま。母上が張り切っちゃって」

「マクシミリアン君」

「君はなしで。姉弟なんだから、おかしいでしょ」


 今日の勉強が終わった義理の弟がヒョイと顔を出した。


「マクシミリアン、なんだか長くて言いにくいわね。マックスでいいかしら。愛称呼びだと家族って感じがしない ?」

「マックス、マックスか、なんかかっこいいね。父上にもそう呼んでもらおうかな」

 

 街の子供たちのまとめ役が次期ご領主様とは。

 知らなかったのは私とアンシアちゃんくらいだって言われた。

 お父様 ( 御前 ) の教育方針で、まずは将来自分が納める領地と領民への愛情と忠誠をはぐくませようと、春から秋の社交シーズンは領都ヒルデブランドの街中に住み、両親が戻ってくる冬に領主館で暮らすんだとか。

 中央に出るのは10才になって王都の学校に通うようになってからだそうだ。

 道理でアンシアちゃんの護衛のチュートリアルで、メチャクチャ怒られたわけだ。

 次期ご領主様を縛り上げて風船みたいに浮かしたんだから。


「ちょっと、ルチアちゃん。あなたの服を選んでるのよ。こちらに来て一緒に見てちょうだい」


 なかなか衣装選びに参加しない私に気づいてしまったお母様が呼びにくる。

 気が重い。

 私って服のセンスないんだよね。出来るだけ安い服しか着てこなかったから。

 今はアルのお姉さまに選んでもらったのを着てるからなんとかなってるけどね。


「どんな感じのドレスが好きかしら。最低でも普段使いを10着とお茶会用のは15着。夜会用には20着はいるのよ。急いで仕立て上げないとね」

「・・・お母様、今あるもので十分です。そんなにたくさん必要ありません。贅沢すぎます」

「何を言っているのです ! 侯爵家の娘が同じドレスを何度も着るなど、あの家は娘のドレスを作るお金もないのかと笑われます。宰相の家族が侮られるようなことがあってはならないのです。これは戦ですよ」


 お金を使って経済を回すのも貴族の務めと叱られる。

 でも、こっちは薄給の公務員の娘で、そんなふうには育ってないし。

 仕方なく助っ人を呼ぶ。


「アル、アロイス、あなたの意見を聞きたいわ」

「私のですか」


 衣装運びを手伝っていたアルがこちらに来てくれる。

 あのお姉さまの弟のアルなら何かいいアイデアを出してくれるに違いない。


「もったいないですか。お嬢様らしいお考えですね」


 春の王都デビューに向けて、兄様たちもアルも私に仕える召使という立場をとっている。

 少し寂しいが領主館にいる時だけだからがまんする。


「私の祖母も人に会う機会が多くて、衣装には気を使っていました。でもお金はかかるし場所は取るしで。だからこう・・・」


 アルは飾り気のない単色のドレスを手に取る。


「こういう物を何着か用意しておいて、こんなふうに・・・」


 にぎやかな飾りのついた別のドレスの襟を合わせる。


「替え襟と言うんですが、取り外し可能な飾りをいくつか用意して、別のものに見えるようにしていました。襟だけではなくて、袖とかベルト部分とか裾とか」

「替え襟・・・それは面白い考えですね」


 ヤニス洋装店の店主が別のドレスの襟部分を重ねてみる。


「濃いお色目のドレスにシフォンやレースを重ねたり、その日のご予定に合わせて組み合わせは無限大です。すばらしい」

「でもいちいち縫い付けていたら布が傷まないかしら」


 そう言って気の乗らない顔のお母様に縫子の一人があるものを取り出して見せる。


「こ、これはっ !」

「これを使えば取り替えは簡単に出来るかと。布も傷みませんし」

「一体どこでこれを・・・」


 私が持ち込んで現在鍛冶屋さんで量産体制に入っているスナップボタン。

 発案者の名前はナイショにしてもらってる。めんどくさいことになりそうだから。


「街の者が考え付きまして、時間はかかりましたがやっと実用化に成功いたしました。今までのお洋服もこれを使えばリボン部分がなくなりスッキリとした形になるのではないかと思われます。このように」


 自分の袖部分を見せる縫子さん。スナップボタンですっきりしていて動きやすい。


「製造方法は秘匿して、この領の特産品にしようと商業ギルドで決まったんです。ですから替え襟もスナップボタンも、次の社交シーズンで宣伝すれば・・・」

「すばらしいわ。ピンクウサギの毛皮ですら衝撃を与えていたというのに、これで我が領は安泰よ。後はどれだけ印象的に紹介できるかよね」


 どうやったら話題になるかしら。

 どう印象付ければいいかしらと作戦会議が始まった。

 最初にインパクトを与えれば、それだけあちこちに呼ばれる回数も増える。

 それは噂話もたくさん収集出来ると言う事らしい。


「アル、むこう現実世界でお姉さまに相談できないかしら」


 小声でアルに話しかける。アルは服を畳みながら応えてくれる。


「ゲームの衣装ということにしたら大丈夫だと思うよ。明日は土曜日だし、一日早いけど来る ?」

「行く。お母様にお伝えしておいてね」


 先週は期末の準備で行けなかったから、明日は久しぶりで犬のアロイスに遊んでもらおうかな。

 後、出かける前にドレスのデザインをいくつか仕入れておこう。

 明日が楽しみだね。



 ヴァルル帝国王都オーケン・アロン。

 その西の端にあるシジル地区。

 街への入り口には大きな門があり、中に入ろうとするものは身分証の提示が義務付けられている。

 馬車がやっとすれ違うことが出来るのがこの地区のメインストリートだ。

 そして通りの一番奥の城壁に引っ付いて建っているのがシジル地区冒険者ギルドだ。


「やあ、おはよう。今日は遅い出勤だね」


 ギルドマスターの執務室に入ると、50代くらいの筋肉質の男が迎える。


「ちょっとアンシアの家に寄ってたんですよ、ギルマス。そろそろ何か動きがあると思いましてね」

「ああ、ヒルデブランドで冒険者になるって出てった子か」


 王立魔法学院を首席で卒業しながら、この地区出身ということで就職先のなかった娘。

 ここで黙々と事務の手伝いをしているのを、世間はなんて見る目がないのかと皆が立腹していた。

 そして数か月前、冒険者になると王都を飛び出していった。


「彼女を止められなかったのは失策だね。ここの話は必ずするだろうし。そうしたらあそこのギルマスが黙っているわけがない。あっと言う間に取り潰される」

「それが、そうでもないんです。彼女、冒険者になれなかったんですよ」


 男は机の水差しから水を汲み、ギルマスの許しも得ずにゴクゴクと飲み干す。


「年齢制限に引っかかって、成人するまで出入り禁止になったそうです。今は宰相閣下の領館でメイド見習をしているとか」

「確かにここで手伝いをしていたのも、成人前で正式に雇えなかったからだったな。そうか、接触できなかったならよかった」

「住み込みなので給金を使うところがないと、ずいぶんな額を仕送りしてるらしいです。お嬢様にもらったというピンクウサギの髪飾りを見せてもらいましたよ」

「ん ? あそこは息子だけだと思ったが」


 昔お世話になった外国のご令嬢を養女にするという話は、まだ世間には広まっていなかった。


「春にはお嬢様の社交界デビューに合わせて戻ってくるそうです」

「その時にでも少し話を聞いて、あちらに戻らないよう説得するか。また折を見て話をきいてくれ」

「わかりました」


 依頼書の貼ってある掲示板。

 依頼を受け付ける案内人。

 

「いってらっしゃい」

「気を付けて」


 何人もの冒険者が入り口の反対側のドアを出ていく。

 そのドアは外壁の外へと続いていた。

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