第103話 お帰りなさいませ、ご主人様 !!

 ご老公様に呼ばれ、きれいにドレスアップして領主館のエントランスに移動する。

 屋敷に仕えている人たちは扉前の階段脇にズラリと整列している。

 扉に近いほど上級侍従さんたちで、見習中の兄様たちとアンシアちゃんは一番手前になる。

 車寄せには最初に挨拶すべくモーリスさんとセシリアさんが控えている。

 門の外は常駐騎士団の方々が整列して微動だにしない。


 街の中心を南北に一直線に貫く大通り。

 その北側の『ルーの全力疾走通り】( 恥ずかしい ) を一頭の白馬が前駆としてやってきた。


御前ごぜんならびにお方様、次期様はただいま広場で街の者の歓迎を受けておられます。ご到着まで今しばらくお待ちください」


 ダルヴィマール侯爵家の騎士様は馬から降りると控えていた馬丁に手綱を預け、自身もご領主様を迎えるべく門の外に並ぶ。


「ご老公様、私も外に並ばなくてもよろしいのですか。ここはご家族がお出迎えする場所でしょう」


 お嬢様と呼ばれているけれど、私は冒険者としてご老公様と契約しているだけの使用人だ。

 ここはちゃんと立場の違いを明白にしておく必要があるのではないか。


「かまわんよ。今まで身内扱いしておったんじゃ。これからもその線でいかんと屋敷の者たちも混乱するからの。胸を張ってそこにいなさい」


 そうこうするうちに道の向こうに旗を立てた馬が見えた。

 二列の騎士様が数列。

 その後に馬車が何台か。

 その左右にも騎馬がついている。

 かなりの大所帯だ。

 この人数なら王都から二週間もかかるのもわかる。

 普通に移動なら一週間から十日だと聞いている。

 先導の騎士様たちが門の手前で左右にわかれる。

 門の中に入るのは馬車だけのようだ。

 先頭の2台はそのまま館の裏に進む。

 三台目のひと際大きく豪華な馬車か車寄せに止まった。

 ここまで約30分。

 なんだか昔のスペクタクル映画を見ているようで感動してしまう。


「ダルヴィマール侯爵閣下、ご帰郷あそばされました !」


 執事頭のモーリスさんの声に、並んだ使用人が一斉に頭を下げる。

 アルが馬車の扉を開けると、兄様たちが踏み台を用意する。

 最初にピョンと飛び出してきたのが御年八才の次期様。

 どこかで見た顔だ。

 アンシアちゃんがアッという顔をする。

 だめだよ、アンシアちゃん。そこはビックリしても平静を保たなくちゃ。

 続いてお方様。ご領主夫人が姿を現す。

 兄様たちがスっと手を差し出すと、当たり前のように優雅に降りていらした。

 うわぁ、かっこいい。

 左手を後ろに頭を下げたままの兄様たちにエスコートされたお方様のお美しいこと。

 クルッと振り向き馬車の扉に頭を下げられてしばらくすると、現ご領主様がゆっくりと馬車から降りてこられた。


「「「お帰りなさいませ、ご主人様 !!! 」」」


 館の使用人が声を合わせてお迎えする。

 金髪の領主様は恥ずかしそうに手を挙げてそれに応える。

 

「お帰りなさいませ、御前、お方様。長旅お疲れ様にございました」

「やあ、モーリス。元気そうだね」

「少し白髪が増えたのではなくて ? もういい年なんだから無理はだめよ。力仕事は若い子たちに任せるのよ」


 モーリスさんがもったいないお言葉ですと頭を下げる。


「そういえば見慣れぬ者がいるね。新しく入った子かい」

「さようでございます。さ、御前にご挨拶を」

「エイヴァンにございます」

「ディードリッヒと申します」

「アロイスです」

「ア、アンシアで、です」


 兄様たちはいつもの不敵な表情など微塵も見せず、新人侍従見習になりきっている。

 アンシアちゃんは・・・うん、頑張ろう。


「いいねえ、若い子は覇気があって。モーリスとセシリアの指導は厳しいと思うけど、しっかり学んで我が家を盛り立てておくれ」

「うふふ、見習メイドの服、久しぶりに見たわ。とてもよく似合ってる。でも正規の服もきっと似合うと思うのよ。がんばってね」


 ご領主夫妻に声をかけられ、兄様たちはもう一度深々と45度の礼をする。

 モーリスさんに先導されてご一家が玄関へ歩き出すと、アルが扉を閉めて踏み台を片付ける。 

 馬車はそのまま裏口へと向かう。

 若手の使用人たちは馬車を追いかけていく。

 多分荷下ろしが待っているのだろう。

 左右の者たちに声をかけながらご一家が階段を上がってきた。


「お帰り。元気そうだな。無事に帰ってきてくれて嬉しいぞ」

「ただいま帰りました。義父上もお元気そうでなによりです」

「ただいま、お父様。相変わらず無駄に元気ね」


 お方様、何気に毒舌。

 私は紹介されるまで黙って後ろに控えている。


「積もる話もありますが、まずは旅の汚れを落とさせてください。その後例の者たちをサロンに集めてください」

「うむ、承知した。サロンで待っておるぞ」


 メイドさんたちに案内されご一家はそれぞれのお部屋へ移動する。

 紹介されなかった私は、どうしたものかと笑顔でお見送りした。



 サロンでご一家の到着を待つ。

 ご老公様とギルマス。兄様ズとアルとアンシアちゃんと私。

 いつもの悪だくみの一行だ。


「直に娘夫婦がやってくるが、シジル地区のギルドについては伝えていない」

「え、そうなんですか」


 ご老公様の言葉に私たちは首をかしげる。


「婿殿はこの国の宰相を勤めている。この問題に関わらせると大事になる可能性もある。単なる街の互助組合程度のことであれば、知らせずに終わらせた方が良い。くれぐれも気づかれないように頼むぞ」


 その時トントンと扉が叩かれ、セシリアさんが入ってきた。


「お方様と次期様がおいでになりました」

「お待たせしました、お父様。やっぱり領都はホッとしますわね。王都はせせこましくていやですわ」

「ごきげよう、おじい様。お久しぶりです」  

 

 元気に挨拶したのは、街の子供たちのまとめ役のマクシミリアン君だった。

 

「たまにはこちらに顔を出すように言っておるのに街の屋敷にばかりおって。じいじが寂しくないとでも思っておるのかの」

「え、だって夏からこっちおじい様は楽しいことばかりだったじゃない。僕の出番はないかなあって思ってました」


 楽しいことばっかり。

 ああ、確かにそうかも。ご老公様にとってはね。

 こっちはそれどころじゃなかったけど。

 ため息をつきたい気持ちを笑顔に隠して控えていると、今度はモーリスさんとともにご領主様がやってきた。


「遅れて申し訳ない。さあ、立ってないでみんな座って」


 侍女がお茶やお菓子を持って入ってくる。兄様たちがそれを受け取る。

 私はギルマスの隣に座るよういわれた。

 お茶を配り終えた冒険者組は私たちの後ろに立っている。



「君たちも座りなさい。侍従なのは振りだけなのだから」

「お言葉ですが、御前。我々は彼女の専属です。この姿の時に気を抜けば、これから先どこでボロをだすかわかりません。光栄ではございますがご容赦ください」


 しかたないねと言ってご領主様はお方様と次期様の間に座った。


「では改めて自己紹介しよう。私が当代のダルヴィマール侯爵だ。妻は先代のご息女で私は入り婿だよ。そして息子のマクシミリアン。君たちのことは手紙でよく知っている。『ルーと愉快な仲間たち』だったかな」

「・・・( 素敵な、です。御前)」

「で、君が疾風のルーさんだね」

「ルチアと申します。まだまだ半人前の冒険者ではございますが、御前のお役に立てますよう精進いたします。お引き回しのほどよろしくお願い申し上げます」


 私は立ち上がりセシリアさんに仕込まれた正式の礼をする。


「不愉快だね」

「は ?」


 足を組み腕組みをした領主様は、フンっと顔を背けた。

 ご老公様を見るとスッと目を逸らす。

 なんだ、この雰囲気は。

 私はなにか間違った挨拶をしたのだろうか。

 セシリアさんに助けを求めようとすると、顔をこわばらせて首をふる。

 ギルマスも状況がわからないという顔をしている。

 シーンと静まり返った部屋。

 領主様が立ち上がり私の前に立った。


「挨拶の言葉を間違えたようだね。君はこう言うべきだったんだ」

「と、申されますと・・・」

「お帰りなさいませ、お父様、だよ」


 時が、止まった。

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