第102話 こちらとあちらでのあれこれ 平和ってすばらしい

 ベナンダンティ年次総会が終わって一週間。

 私は宣言通りご老公様とのお茶会をボイコットした。

 ご老公様は見たかったんじゃ、見せ場を作ってやりたかったんじゃとグズグズおっしゃったけど、私の意思を無視して企画したのはやっぱり許せなかった。

 かわいくおねだりして言う事聞いてもらえるのは四才までだと思う。

 プロじゃないけど、あんなバタバタしないでしっかり準備したかったんだよ。


 ベナンダンティ年次総会ではもう一つ、重大発表があった。

 あちら現実世界でオンラインゲームが始まると言う。


「先ほどの報告にもあったように、『領主様の助け舟』を発動してあちら現実世界で連絡をとりあっている仲間がいる。オンラインゲームを通じて知り合ったと保護者には言っているが、この設定がいつ破綻するかわからない。そういうわけで、新しくゲームを始めることにした。詳しくは手元の資料を読んでくれ」


 席の端から紙が回されてくる 

 そこにはゲームタイトルと簡単な内容、登録とログインの仕方が書いてあった。


「タイトルは『夢の世界へようこそ ! ~ ベナンダンティ物語』。パソコン、ケータイ、どちらからも入ることが出来る。壮大な物語ではなく、選んだ職業で穏やかに暮らしているという設定になっている。対外的にはね」


 もう一枚の紙をめくる。

 そちらには『ベナンダンティ専用サイト』の文字がある。そして先ほどとは別のログイン方法が書いてある。


「こちらは裏サイト。私たちだけが利用できる連絡用のサイトだ。掲示板、ラインと同じようなものだと考えてくれ。全員の登録が終われば次の新人が来るまではクローズにする。関係者以外は入れないようにする予定だ」

「ギルマス、これには一体どんな意味があるんですか。今までそんなものがなくても上手くいっていたじゃありませんか」


 年かさの一人の発言に肯定の声がいくつかあがる。


「今回の件はきっかけであって、実は数年前から企画はあった。こちらだけで連絡を取ろうとすると数日から数週間がかかる。だが、あちら現実世界で連絡を取る方法があれば、全てのことで優位に立つことが出来るからだ。数十年前なら手紙や電話、電報しか連絡手段がなかった。だがネット社会になった今、これを利用しない手はない。もちろん、あちらでの身分を明示する必要はない。あくまでこちらでの相談と連絡の為だけだ」

「利用しなくてもいいんですか」

「利用するしないは個人にまかせる。ただ、登録だけはしてくれ。重要な連絡事項などがあるかもしれない。そのときは周りの者が声がけをするようにしてくれ」


 運営と開発についてはギルマスの知り合いのゲーム会社が協力してくれているという。

 また裏サイトについてのスタッフが欲しいので、求職中の仲間はサイトを通じて応募して欲しいと付け加えられた。

 今は自宅で仕事が出来るから、主婦の人でもかまわないそうだ。ただし学生バイトはだめ。ちゃんと勉強しなさいと言われた。

 ゲームの開始は来年1月1日の0600まるろくまるまる

 私たちは前日、大晦日の朝からログインできる。

 


 さて私はというと、武道部を退部した。

 正規の部員だと級を取ったり試合に出たりしないといけない。

 でも技を極めようとしている人たちと、仕事とはいえ魔物や人の命を奪う私とではまるで立場が違う。

 同じルールの上で戦うのは、私は良しとはできなかった。

 きっとエイヴァン兄様だったら「試合は試合だ。気にするな」と言うんだろうな。

 だから、これは単なる私のこだわり。

 ただし、練習には今まで通り参加している。

 急に辞めてしまうと、やはりあれが原因かということになってしまうからと引き留められたからだ。

 あちら夢の世界では実践、こちら現実世界では基礎。

 そのあたり、なんとか私の中で折り合いをつけられるようになったと思う。

 ただ合同練習の時、「生徒たちが怖がっちゃってぇ」とか言って他校の先生方がこぞって相手をしようとするのはなんとかして欲しい。

 私は基本的な試合をしたいんだ。


 もう一つ。

 学院祭の後、こちら現実世界でエスメラルダのヴァリエーションを3回踊った。

 一回は新体操部と創作ダンス部のリクエストで、残り2回は初等部と幼稚部に頼まれて。

 学院祭は高等部と中等部の行事なので、下のクラスの子たちは参加できない。

 姉妹で通っている子も多いので、私の踊りを見たお姉さんとか従姉さんとかが自慢したらしい。

 見たい見たい見たいと泣かれて仕方なく。

 なんかご老公様を思い出した。同じレベルかも。

 でも幼稚部の子供たちがすっごく喜んでくれたので、嬉しかった。

 やっぱり人間って褒められたらもっと頑張ろうって気持ちになるね。

 そしてバレエを習いだす子が何人かいたみたい。


 バレエと言えば、私の通っているスタジオでは、発表会に出る出ないに関わらず年に二つ、なにかヴァリエーションを練習することになっている。

 今年の後半は入院もあって新しいものを覚えることができなかった。

 だから今度はこれを覚えてねとDVDを渡されたときは嬉しかった。

 振付はとても簡単だから心配ないわねと言われて帰宅して見てみると・・・。

『瀕死の白鳥』じゃないか、これ。

 たしかに振りは簡単だ。パ・ド・ブレ足の動きアームス腕の動きが基本。

 でもこれ、天才バレリーナたちの十八番おはこだし。

 たかだか16の女子高生が手を出していいものじゃないはずだ。

 ・・・来週お断りさせていただこう、うん。


 期末に向けて勉強して部活行ってバレエのお稽古してアルと遊んで。

 護衛やって配達やって討伐やって淑女教育やって。


 ヒルデブランドにチラチラと小雪が舞う日が増えてきた頃。

 やっと王都からご領主ご夫妻が戻って来られた。

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