第101話 『隠しちゃお ( は~と )』の魔法と楽しい夜

 私の左耳。

 ベナンダンティの男性なら白、女性なら赤の小さいピアスが付いている。

 当然だが私は赤のピアスだ。

 さっきから怒ってるおじいちゃまがドスドスと舞台に上がってくる。


「先ほどまでは無かった。さては我らの目を盗んでシールを張り付けたな」

「違います。ちゃんと最初からついてます・・・痛たたたたたっ !」


 おじいちゃまがいきなり私の耳を引っ張った。


「なにするんですかっ ! ギルマスぅ、おじいちゃまがいじめます !」

「誰がおじいちゃまだっ !」

「じゃあ、お姉さんなんですかっ !」

「むむ、おじいちゃんであっとるが・・・なぜピアスがある。先ほどまで無かったのはここにいる全員がみているぞ !」

こちら夢の世界に来てからずっとついてます。魔法で隠してただけです !」


 おじいちゃまがパッと手を離した。


「魔法で隠していただと ?」

「そうですよ。ああ、痛かった !」


 アルが濡らした布巾を左耳に当ててくれる。

 もう、ちぎれたらどうするのよ。


「透明化の魔法など聞いたことがないぞ」

「透明になんてしてません。これは『隠しちゃお ( は~と ) 』って私が作った魔法です。隠しておくだけの魔法です」

「・・・一体なんでそんな魔法を」


 なんか武道館にいる全員が私を見てるんですけど。

 これは正直に理由を言うしかないのかな。


「あの・・・私の学校、ピアス禁止なんです」

「「「 はあぁぁぁっ ?! 」」」



 チュートリアルが終わって魔法解禁になって、私が一番に挑戦したのが証のピアスを隠すことだった。

 中等部の時、夏休みの間だけピアスを開けた先輩はすぐにばれた。

 いくらあちら現実世界とは体が違うとは言え、こちら夢の世界から帰れなかった私にはそれが本当かどうか確かめようがない。

 だから、もしあちら現実世界でもピアスがついたままだったらって怖かったんだ。

 で、ピアスを隠せないかと思って作ったのが『隠しちゃお ( は~と )』。


「その日のうちにあちら現実世界に戻れてたら、こんな魔法は考えなかったですよ。でも一か月も意識不明だったんです。あちらではピアスがないなんて確かめようがないじゃないですか。だからとりあえず隠してみました。元に戻すの忘れてたけど」


 なんか集まった人たちが可哀そうな子を見る目で私を見てる。

 武道館の中がシーンとしてる。


「だ、だって、だって、ピアスの穴あけたのバレたら反省文四百字詰め原稿用紙で十枚ですよっ ! 書き終わるまで反省室に閉じ込められて下校させてもらえないんですよっ ! 嫌じゃないですかっ、そんなのっ !」

「だからそんな魔法を作ったらなんで報告しないんだ ! ほう報告れん連絡そう相談をしろとあれだけ言っただろう !」

「そんなこと言ったって忘れてたんですもん ! それに兄様たちだって気がつかなかったじゃないですか !」

「最初に確認してるんだから毎日ピアスなんか確かめるかっ !」

「なーんで私が怒られなきゃいけないんですかっ ! ちゃんと攻撃用魔法だって覚えたじゃないですかっ ! 見たでしょう、フィンガービームっ !」

「おお、見たとも、ジャ〇ア〇ト・ロ〇なっ ! あれが見事だったのは認めてやるが、それ以上にお前の考えだす魔法はっ !」

「その辺にしなさい、二人とも。他の人たちが困っている」


 ギルマスとアルに肩を叩かれて、エイヴァン兄様と私はハッと会場を見る。

 参加者の皆さんはあきれ顔と不憫さと無関係でいたいみたいな変な表情になっている。


「コホン、では新人の紹介とルーの部外者疑惑が晴れたところで、改めて総会を始めよう」



 私とエイヴァン兄様の前座口論が終わった後、総会は淡々と進んでいった。

 と言っても冒険者ギルドに所属する者ばかりで、後は引退した人たちだ。

 そのあたりの報告と、今年は意識不明でこちら夢の世界から戻ることが出来なかった者 ( つまり私ね ) がいたこと、過去に老衰や病気であちら現実世界で寝たきりになり、亡くなるとこちら夢の世界でも消えてしまうことなどが報告された。

 アルのあちら現実世界での魔法の可能性とこちら夢の世界での魔力増強は見送られたようだ。

 まだ検証が足らないということかな。

 そのような報告がなされた後、休憩を挟んで親睦会が行われることになった。



 ご老公様のゴリ押しとか言いながら、肝心のご本人は総会にも親睦会にも参加しないらしい。

 街のトップでベナンダンティの情報を共有しているのは、実は当のベナンダンティにはナイショなんだとか。

 なんで私たちが知っていていいのかと聞いたら、「今更じゃないかね」と笑われた。

 私たちだけの秘密で口外無用と言われたけど。

 で、私の踊りはコッソリ覗いているから頑張れと言われた。

 まあ、頑張って踊ったけどね。

 大受けだったけどね。


「よかったわよ。ものすごい体幹ね」

「ありがとうございます」


 声をかけてくれたのはヤニス洋装店の主任さん。

 突貫で衣装を縫ってくれた人だ。


「でもエスメラルダならやっぱり赤と黒じゃないかしら。知ってたら別のデザインにしたのに」

「え、バレエご存知でしたか」

「私、あちら現実世界では舞台衣装の工房で働いてるの」

 

 派遣で洋装店に勤めていたから舞台衣装に興味をもったの、と主任さんは言った。

 冒険者ギルド「あふれだした本棚」は、冒険者として依頼を受ける人と、冒険者にならなかったベナンダンティの派遣社員の二種類がいるという。


「知らなかった・・・。私、冒険者一択で選べなかったから」

「ギルマスは冒険者になれるかどうか一目で見分けるわ。ルーちゃんは冒険者で正解よ。ところでこれからもこちら夢の世界で踊るのかしら」

「年越しのお祭りで踊るように言われてます」


 じゃあ、私が衣装作ってあげる。どうせご老公様持ちでしょうしと主任さんが申し出てくれた。


「何を踊るの ?」

「にぎやかなのってあまりレパートリーないんですよね。エスメラルダの他はキトリの一幕と三幕くらいです」

「いいじゃない。三幕のチュチュはこちら夢の世界じゃ無理だから、一幕のでいきましょうよ。今度どのバージョンで踊るか教えてね」

「ありがとうございます。お手数ですけどよろしくお願いします」


 フックとスナップと手仕事倍々魔法のお礼よ。あれでずいぶん捗ったわと喜ぶ主任さんと別れてふと見ると、目の前にセシリアさんがいた。


「セシリアさんもベナンダンティだったんですか ?!」

「うふふ、さようでございますよ、お嬢様」


 よくよく見ると小ぶりのイヤリングの真ん中に穴が開いていて、証のピアスがそこから覗いている。


「お嬢様もなんて、最初はわかりませんでしたわ。魔法でピアスを隠していらしたんですのね」

「セシリアさん、お嬢様は止めてください。私はただの女子高生です」


 そう言うとセシリアさんは首を横に振る。


あちら現実世界あちら現実世界こちら夢の世界こちら夢の世界でございますよ」

「でも・・・」

「年齢や育ちに関係なく相手を尊重するのは大切ですが、こちら夢の世界には身分階級がございます。きちんとけじめはつけなければ」


 でも万が一あちら現実世界で出会ったらちゃんと大人の態度をとりますからね、とセシリアさんは微笑む。

 あちこちで声をかけられる。

 知ってる顔も一杯いた。

 改めてよろしくと頭を下げる。

 踊れの声にもう一度舞台に上がる。

 ベナンダンティ年次総会は遅くまでにぎやかだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る