第100話 年に一度のベナンダンティ総会開幕
100話目記念で明日も更新いたします。
時間はいつも通り0600から0700の予定です。
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『ルーは一曲踊ること』
印刷された招待状に添えられた手書きの文字は、間違いなくギルマスの
「どうしたらいいと思う、アル」
「まだ時間もあるし、本人に聞いたほうがいいんじゃない ? 一緒に行くよ。踊るなら伴奏は僕しかいないし」
そんなわけでギルドに逆戻りした私たちを待っていたのは、ギルマスの「ご老公様のゴリ押し」の一言だった。
「今年からは新人に芸をやらせよとの一言でね。他のスタッフも飲んで食べるだけのパーティは詰まらないと乗ってしまったんだよ。素晴らしい踊りだったんだってね。もう一度見たいとわがままをおっしゃってるんだよ」
「でも、それは確か年越しの祭りに決まったはずです。毎日こちらでもレッスンはしていますけど、準備なんてしてませんよ」
まさか一週間も郵便受けを覗かないとは思わなかったんだよと、ギルマスは苦虫かみ殺した顔で言う。
「もうピアノは武道館に運びこまれているし、サプライズだから参加者に知らせてはいないがね。君が踊らないとご老公様がごねる」
「アンシアちゃんだったらふて寝させとけって言いますよ」
「でも、君はそういう子じゃないよね。そういうわけでよろしく」
「こまりますよ ! 衣装とかどうしたらいいんですか。こっちでチュチュなんて来たら変態扱いされますよ !」
「ヤニス洋装店がご老公様持ちで受けてくれると聞いてるけど、急がないと閉店してしまうよ」
「わぁぁぁぁん、ご老公様のばかぁぁぁぁっ !」
と叫んでも誰かが何かをしてくれるわけではなく、私たちは閉店間際のヤニスさんのお店に飛び込んだのだった。
◎
ヤニス洋装店の皆さんのおかげで、衣装はギリギリ開幕一時間前には出来上がることになった。
もちろんその後お直しとかあるし、ほんっとうにギリギリなんだけど。
ミシンのない完全手縫いの
ちゃんとしたドレスを作ろうとしたらどんなに頑張っても一か月以上。
注文した日の一週間以内にとか絶対ない。
そんなものはどうせ手抜きに決まってるから、頼むのはよっぽど切羽詰まった状況にある人だけ。
ここにはナポリ在住特急料金で請け負う凄腕仕立て屋さんはいないのだ。
だから、出来合いのものを何とか加工してもらうことでスピードアップをはかる。
サーモンピンクのタフタのチュニックは袖部分が同色のシフォンになっていて、幅の広いベルトがアクセントになっている。
ハーレムパンツはこちらでは珍しいものらしく、開脚をして見せたら「普通に作ったら破れるかも」と焦らせた。
バレエの衣装って本当に作るの難しいのよ。
こちらで再現可能なものならお取り寄せしてもいいと言われてるから、ホックとスナップボタンと縫い付け見本も渡しておいた。
鍛冶職人さんがきっとがんばって再現してくれることだろう。
こちらのファッションをワンランクアップさせたぞっと。
翌日、領主館の舞踏室でああでもないこうでもないとアルと二人で伴奏の打ち合わせをしていると、執事のモーリスさんが「お昼をご一緒に」とか「休憩してお茶でも」とか声をかけてくる。
今日はストッパーのセシリアさんがお休みらしい。
「どなたのせいだと思ってるんですか」と返しておいた。
一週間も郵便受け見なかった私も悪いけどさ。
本人の意思を無視してこんなこと企画したんだから、しばらくご老公様とお茶しなくてもいいよねってアルと二人でプンプンしながら打ち合わせを続けた。
◎
「遅いな、アルたちは」
「ご老公様にいきなり余興に踊れと言われたらしいですよ、兄さん。衣装やらなんやらの準備が大変で、間に合うかどうかわからないと連絡が・・・あ、来ましたよ」
冒険者ギルドからの渡り廊下を、二つの影が走って来る。
エイヴァンとディードリッヒは口に人差し指を当て、静かに二人を扉の中に招き入れた。
「開会の前に、今年天に召された仲間たちの為に祈ろう。起立、黙祷」
武道館の一方に作られた舞台の上で、ギルドマスターのマルウィンが合図をする。
その場の全員が首を垂れて目をつぶる。
しばらくの沈黙の後、ギルマスの声が響いた。
「座ってくれ。祈りをありがとう。それでは今年の総会を始めよう」
「待ってくれ、マルウィン殿。その前に部外者を排除したい」
裕福そうな服装の老人が挙手をして発言する。
あれは確か王都で教師をやっている男だったか。
「これはローエンド師。部外者とは誰のことでしょう」
「決まっている。最後に入ってきた娘だ。あれは完全に無関係だろう」
集まっている者たちがエイヴァンたちに一斉に注目した。
◎
「おい、あれって・・・」
「ルーちゃん ? あの子もそうだったの ?」
「だって、ほら、ねえ」
なんかみんなこっち見てヒソヒソ言ってる。
私、なにかしたかな。招待状はもらったよね ?
「ルー、こちらにおいで」
兄様たちが行けと目で言うので、パタパタと走ってギルマスの側に行く。
「紹介しよう。今年私たちの仲間に入った冒険者のルー。ヒルデブランドに住んでいる者は知っているね。半年経たないうちに
「ルーです。はじめましての方も顔見知りの方も、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」
胸に右手をあて、五番のポジションから右足を後ろに引き腰を落とす。
舞台挨拶ともカーテシーとも違う、練習後などの
ホウッと言う声が上がる。
「新しい仲間と言うが、証拠はどこにある」
「証拠 ? 証拠などここに・・・ルー、ピアスはどうしたのかね ?」
「そうだ。その娘には我らの仲間である証のピアスがない」
あー、そう言えば忘れてた。
「証のない者がいては話ができぬ。早々に立ち去るがよい」
ローエンド師と呼ばれたおじいちゃんが難しい顔で睨みつけてくる。
怖い。
「待って下さい。彼女は間違いなくベナンダンティです。僕が
アルが急いで舞台上の私たちのところに上がってくる。続いて兄様たちもやってきた。
会場がザワザワと落ち着かない。
アルと兄様たちが私を庇うように立つ。
「そんなことを言って口裏合わせをしていないとは言い切れまい。白と赤のピアスこそ我らの証。仲間だと言うのなら今すぐピアスを見せてみよ」
「ルー、ピアスはどうしたんだ。間違いなくつけていただろう」
「無くすようなものじゃないんだぞ。一体どこへやった」
おじいちゃんの顔も怖いけど、兄様たちの目のほうがもっと怖い。
これは正座からのお説教コース一択だ。
ここは何もなかったかのように・・・。
「ピアスならあるじゃないですか。ほら、ここに」
ニッコリ笑ってほらほらほらと左耳を指さす。
そこにはちゃーんと女性ベナンダンティの証の赤いピアスが光っていた。
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