第82話 アンシア、失踪

 アンシアちゃんが行方不明。

 その連絡を受けて私たちはギルドに直行した。


「ギルマス、アンシアちゃんが行方不明って・・・」

「ああ、おかえり、ルー。みんなも」


 ギルマスの執務室には市警長と警備隊長も来ていた。

 きっとみんなで探してくれていたんだろう。


「今日のアンシアちゃんは休みの日だったはずですけど、何があったんですか」

「事前調査だそうだ」

「事前調査 ? 討伐のチュートリアルのですか ?」


 明日からのチュートリアルは街を囲む川で、食べられる魚を三匹釣るというものだったはず。

 ではアンシアちゃんは・・・。


「釣りの課題は川の街側で行うことは言ってあったんだ。どうやら彼女は釣れそうな場所を下見に行ったらしい。フードコートで聞き込みをしているのを確認している」

「門を出るときに決して橋を渡らないようにと伝えたと警備兵は言っている。だが、この時間になってもまだ門をくぐって戻ってきたという報告がない」

「街の中でも見かけたものがいない。もちろん下宿にも戻っていない」


 市警長と警備隊長が続けて教えてくれる。

 アンシアちゃんが門を出たのは朝の十。今は夕四つ。

 門を守る警備兵さんにはお昼前には戻ると言っていたそうだ。


「やはり得意の方向音痴を発動したか」

「ええ、アンシアちゃんは言われたことは守る子です。きっと橋を渡ったことにも気づいていないはず。なんでここにいるのかって困っていると思います」


 にしても、何故たった一人の新人に各省庁のトップが出てきているのだろう。

 せいぜい分隊長レベルでいいと思うのだけど。


「普段なら夕七つの鐘がなるまでなら心配はしないのだが、この季節、一角猪が集団で温かい地方に渡りをするんだ」

「気性の荒い魔物だ。アンシアの詠唱魔法では咄嗟に身を守れない。出会わなければ良いのだが」


 一角猪。

 角のないのが普通の獣。角が生えていると魔物に分類される。

 そうなると本来の獣とは違った生態になる。一角ウサギか顕著な例だ。

 ウサギは群れないと生きていけない。だが、一角ウサギは単独で行動する。

 そして発色するとまた群れる。性格すら変わって。

 一角猪はどういった生物だろう。


「メスは子が巣離れするまで子と一緒に行動するが、そのあとは基本単独行動だな。渡りの時期だけ群れを作る。普段は木の実なんかの草食だが、この時期だけは雑食になる。だから心配なんだ」

「そろそろ勢子の依頼を出す時期だしな」


 この時期、ヒルデブランドの周囲は渡りの魔物の通り道になる。

 街を挟むように流れる川のおかげで魔物や敵から守られている領都だが、一角猪は川を渡ることが出来るので、冒険者ギルドで勢子役を募集し、警備隊、常駐騎士団とも連携して街に被害が及ばぬよう対処しているという。

 今年は冬の到来が早くなりそうだという。

 だから渡りも早まる可能性あってのトップ集合なのか。


「せめてどの方向に向かったかだけでもわかれば捜索隊の出しようもあるのだが・・・」

「下手をすると二次遭難という可能性もありますからね」


 黙りこくってしまった一同だったが、エイヴァン兄様がポンッと手を打った。


「ルー、探せ」

「・・・もちろん探しに行きますよ。でも方向が・・・」

「違う、魔法を使えって言ってるんだ」


 私、探すのに使える魔法なんて持ってたっけ ?

 確かに韋駄天いだてんを使えば早く回れるけど、効率は悪いよね。


「アンシアの気配を探れないか。場所が特定できればすぐに動ける」

「はあ ? なに言ってるんです。そんなこと出来るわけがないでしょう。かくれんぼしてるんじゃないんですよ !」


 こっちはすごく心配しているというのに、何をふざけたことを言ってるんだろう。

 さすがの私もイラッとする。


「いや、出来る。いつもアンシアを心配しているお前だ。きっと出来る。そら、そこに座って目を閉じろ」

「無茶言わないでっ ! 人が心配しているのに、ふざけないでっ! そんなこと出来るはずないっ !」

「アンシアが心配なら出来るはずだ」


 涙目になった私を革張りのソファーに座らせ、エイヴァン兄様は私の前にしゃがんで顔を覗き込む。


「今までお前は人が思いつかないような魔法を構築してきた。必要だったからだ。今、アンシアの居場所を見つける魔法がいるんだ。想像するんだ。どうやって探すか。空から探すか、自分で歩くか」

「そんな、難しい。無理・・・」

「いいか、このままアンシアが一角猪に出会ったら」

「出会ったら ?」

「確実に食われる」


 体が、凍った。


「貪り食われる。俺はそういう奴をよく見ている。不用心に森に入って逃げきれず、魔物や獣に食われる。まだ息のある奴を見つけた時は、とどめを刺してやるんだ。それが一番情け深いやり方だからな」

「・・・」

「アンシアにとどめを刺したいか」


 アンシアちゃんが魔物に食べられる。

 私はずいぶん前にテレビで見た人食い熊のドキュメンタリーを思い出した。

 有名ではないが優れた演技力の役者さんたちの再現ドラマは、当時の恐怖を余すところなく伝えていた。

 生きながら食らわれていく恐怖。

 残った遺体の悲惨さ。


 震えている。

 ビックリするくらい、ガタガタと震えている。

 誰かが遠くで何かを叫んでる。

 頭の中でキーンという音がしてよく聞こえない。

 目の前が真っ白になって気が遠くなりかけた時、何かが私の頬を叩いた。


「・・・モモちゃん・・・ ?」


 いつの間にかピンクウサギのモモちゃんが膝の上に座って、こちらを見上げている。

 私を叩いたのはモモちゃんの耳なのか。

 赤い目が私を見上げてキュウキュウと何か訴えてくる。

 モモちゃんもアンシアちゃんが心配なの ?

 そうね。一緒に二日酔いで寝込んだ仲間だもんね。

 助けてって言ってるの ?

 しっかりしろって言ってるの ?


「私に・・・できるかな・・・」

「お前なら出来る。いや、お前だからこそ出来る」


 エイヴァン兄様が私の肩に手を置き励ますように言う。


「やってみるんだ、ルー」

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