第81話 ルーの踊りとアルの葛藤

 久しぶりでルーのダンスレッスンを受けている。

 バレエもどきだけど、これは体幹も鍛えられるし、何より自分の体を意識して動かす練習になる。だから兄さんたちも率先して参加する。

 ルーも最初は変な顔をしていたけれど、まじめに練習している兄さんたちに何も言わなかった。

 本当は吹き出したかったんだと思うけど。

 指導して回るルーを横目に見ながら、昨日のルーの舞台を思い出す。



 幕が上がるとオープニングセレモニーで、創作ダンス部の明るいダンス。雨をモチーフにしたのか可愛い色のレインコートと傘が舞台に広がる。

 最後は大きな学校名のプレートが掲げられてフィニッシュだった。

 大きな拍手がわく。


「次ね」「次ですって」「すごいのよ」「本当に?」


 ザワザワという声が聞こえてくる。

 一度ついた灯が再び消える。


「プログラム、一番。高等部1年2組、佐藤めぐみさん。バレエ、エスメラルダのバリエーション」


 放送委員のきれいな声が響く。舞台に照明が付き、タンバリンを響かせながらチュチュ姿の少女が登場した。

 ルーだ。


 いや、ルーじゃない。

 僕の知ってるルーじゃない。

 あちらでの元気いっぱいのルーではない、こちらでの物静かで淑やかなルーでもない。

 誰だ ?

 あの目を僕は知っている。

 エイヴァン兄さんの目だ。

 訓練の時の僕を見る目だ。


 少女はつま先立ちでタンバリンを蹴る。

 手拍子が広がる。

 最初は水平に挙げられていた足が、次のフレーズでは180度になる。

 驚嘆の声が上がる。

 三度目のフレーズでは向きを変えながら。

 その目に兄さんの姿が重なる。

 くじけそうになる僕に、エイヴァン兄さんが目で挑みかかってくる。


 どうした。かかってこい。

 もうおしまいか。

 もっと力を見せろ。

 お前の力はこんなもんじゃないだろう。


 余裕綽々で僕を叩きのめしていく、あの目だ。

 舞台の上の少女がジャンプとともに後ろ脚で頭上のタンバリンを蹴ってポーズ決める。

 と同時に大きな歓声と拍手がわく。

 みんな大興奮だ。

 立ち上がっている人もいる。スタンディングオベーションってやつだ。

 僕は拍手をするのも忘れて、何度もお辞儀をする少女を見ていた。



 アルが変だ。

 昨日からだ。

 なんだかよそよそしい。

 私、何か嫌われるようなことをしたかな。


「ルー、ちょっといいか」


 エイヴァン兄様がチョイチョイと私を呼ぶ。


「アルがな、お前の踊りがすごかったって言うんだが、本当か ?」

「本当かって言われても、アル、見ていてどうだった ? 昨日は感想を聞きそびれちゃって」

「あ、あの、うん、すごかったよ」


 アルはすっと目を逸らす。

 やっぱり何か気に障ったんだ。


「よし、踊れ」

「は ?」

「せっかくだから踊ってみせろ。ちょうど舞踏室だし」


 えーと、なにを無茶ぶりしてるんですか、兄様。

 音楽もないし、トウシューズもありませんよ。


「トウシューズは魔法でお取り寄せ出来るだろう。音楽は・・・」

「僕が知ってます。ピアノもあるし、いけると思います」

「アル、ピアノ弾けたんだ」


 舞踏室の隅にあるアップライトピアノの蓋をあけ、軽く鍵盤に指を走らせる。

 メイドさんの間からわあっという声が上がる。


「昨日帰ってから動画を見たから、大体の感じはわかるよ。楽譜を見てないから正しいかわからないけど」


 そう言ってアルはエスメラルダの曲を弾いてくれる。

 うん、大丈夫そう。

 手の平を上にして両手を前に出す。

 イメージする。

 トウシューズ。ピンクで、踊りやすいの。

 ふわっと手が輝いて、光が消えたらトウシューズが現れていた。

 ・・・これ、私が使ってるやつだよ。

 汚れ具合とかリボンの位置とか。

 神様、新品が良かったです。

 あ、トウパットもついてた。よかった。


「ルー、準備はいい ?」


 もちろん ! バリバリ踊りますよ !



「素晴らしいっ ! こんな踊り初めて見ました !」

「かっこいいです ! お嬢様の隠された才能ですね !」


 拍手喝さいのなか、兄様ズがポカンとした顔をしている。


「こりゃまた。アルがすごいというわけだ」

「なんていうか・・・兄さんを見ているようだ」

「そうっ ! そうなんですっ ! わかりますか、ディー兄さんっ !」


 アルが椅子から立ってこちらに来る。


「立ち合いの時のエイヴァン兄さんにそっくりでしょう。だから僕、ルーが兄さんのように剣を振りかぶってくるような気がして・・・」

「だから離れて歩いてたの ?」


 しまったとアルが振り返る。


「私の踊りがエイヴァン兄様みたいだったって ?」

「いや、そのなんていうか、違うんだ。兄さんそのものじゃなくて、立ち合い稽古の時の兄さんの目にそっくりで、その、怒られているような、まだ足らないって言われてるみたいで・・・」


 なんだ、そんなことか。

 私はクスッと笑って笑顔全開でこたえた。


「アル、それは最高の誉め言葉だわ !」


 実際エイヴァン兄様をモデルにしたしね。

 アルと訓練しているときの雰囲気。

 目力のない私にはピッタリだったから。


「怒ってないの ?」

「何で怒ってると思ったか知らないけど、私がちゃんと演技が出来たってことでしょ ? それをアルがわかってくれたんだもん。うれしいわ」

「その、すごかったってしか言えないんだ。近くにいた人たちも大喝采だったし。成功おめでとう。あと、変な態度とってごめん」


 アルがすまなそうに手を伸ばしてきたから、私もニッコリ笑って握手をした。


「ルー嬢ちゃんが踊るというのは本当かっ !」


 ドアを荒々しく開けてご老公様が走りこんできた。

 セシリアさんが冷たくこたえる。


「今、踊り終わったところです」

「なんじゃとお ? 何故待っていてくれんかったのじゃ ! 儂も見たかったぞ !」


 見たい見たい見たいと駄々をこねるご老公様。

 そこで私はもう一度踊ることになった。結構疲れるんですけど、これ。


「これは自慢したいのう。娘夫婦にぜひ見せてやりたいぞ」

「今年の年越しの祭りの目玉はこれできまりだな」

「おい、ルー。あと二つか三つくらい受けそうなのを覚えてこい。白鳥とかどうだ」

「無茶言わないでください、兄様ズ。気品やらなんやら16の小娘が出せるわけないでしょう。テクニック以前の問題です」


 みんなでワイワイやっているところに、ギルドからの連絡が入った。


『アンシア、行方不明。至急戻られたし』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る