第67話 一方その頃現世では ~  文化祭シーズン到来 !!

 金曜日の放課後。

 体育館の舞台。

 普段使われないステージを借りて、私は踊りの練習をしている。

 本当の舞台発表は劇場型の大講堂で行われる。だが使用時間はもうばっちり埋まっていて、私の割り当ては前々日の10分だけ。

 簡単な場当たりと一回通しをしたらおしまい。ほぼ一発勝負。

 ここで失敗したら抜擢して下さった校長様に申し訳ない。

 かと言ってスタジオを借りるのにはお金がかかるし、体育館は新体操部と創作ダンス部が練習していて、空いている場所がここしかないのだ。

 そこで緞帳どんちょうを下ろして、小さい音で邪魔にならないよう練習している。


「あら、どうしたんですか」


 舞台の端っこで作業着姿の男性が数人いろいろ機械をいじくっている。


「あ、佐藤さん。悪いけど、今日は緞帳どんちょうなしでいいかしら。なんだか故障したみたいで、下がらないのよ」


 体育の先生が困った顔で話しかけてくる。


「巻き上げているほうではなくて、機械の方のトラブルみたいなの。今日中には直るそうだけど、発表前に見られるのはいやでしょう」

「そんなことないですよ。ただ別の音が流れているとご迷惑になりませんか ?」

「かまわないって言ってたからいいんじやない ?」


 うーん、ならいいかあ。でも遠慮しいしい早めに上がろう。

 バーレッスンは更衣室で済ませてある。

 体はしっかり温まっている。

 せっかく見てもらえるのだから、先生に注意された目力めぢからの練習をしてみようかな。


 軽く場当たりしてから、修理に付き合っている先生にポーズを決めたら音楽のスイッチをいれてくれるよう頼む。

 おや、部活の皆さん休憩時間のようです。

 タンバリンを鳴らしながら舞台の上手でポーズを決める。隣のクラスの創作ダンス部の子がこちらに気が付く。

 はい、あなたのために踊りますよ。

 音楽が流れだす。

 最初のパートはこちらを見ろのアピールのポーズの繰り返し。ここで見ている人を引き付ける。

 先生に言われたように、自信満々の視線を彼女に送る。

 ピルエット五回。そしてどうだのポーズ。

 彼女はまだこちらを見ている。

 次のパートはピルエットとシェネ。変形のシェネがカッコよくて気に入っている。

 切り替えが結構難しいんだけど、気が付いてくれたかしら。


 そして一番の見どころ。

 私はタンバリンを鳴らして注目を集める。

 よし、こっち見たな。よく見ててよ。こっからがいいんだから。

 水平に持ったタンバリンを二回蹴る。三回目は頭上だ。

 ピルエットの後もう三回。今度は全部頭の上だ。

 次は体の向きを変えながら。

 足はすぐに下ろさずギリギリまでキープ。

 勢いで上げているのではなく、ちゃんと自分でコントロールしているのを見てもらわなきゃ。

 そしてラスト。

 ピルエットからのバロネでフィニッシュ。

 さあ、どうだ ! 

 ・・・反応がない。

 だめだったか。

 あ、ハーフパンツのゴムが緩くなってる。かえなくっちゃ。



 ありがとうございましたと体育館から出ていく気配がする。

 中にいた生徒はやっと息をすることが出来た。

 館内がザワザワとする中、新体操部の生徒たちが集まって騒ぎ出した。


「なに、あのキープ」

「余裕の五回転だったわよね」

「軸が全然ぶれてなかったわ」

「最後のところ、かかと全然床についてなかったの見た ?」

「あれ、1年5組の佐藤さんよね。〇太郎みたいな髪してた」

「夏休み明けにいきなり薄幸の美少女みたいになったのよね」

「あんな挑戦的な顔もできるのね。すごいわ」

「「お手本にしなくちゃ !!」」


 お嬢様学校は基本純粋培養なので、妬みとか嫉みだのの負の感情はほとんどない。

 素直に自分たちの演技に生かそうという前向きな新体操部の部員たちだった。

 一方創作ダンス部では。


「クラシックって古臭いってバカにしてたけど、直にみるとすごい」

「トウシューズってつま先立ちでしょ。真ん中あたり以外ずっとつま先で立ってたわよね」

「タンバリンを足で叩くのかっこいい !  ああいうのやりたい。でも開脚が・・・」

「本番、衣装つけて踊るところ見たい !」

「私も !」

「みんなで見に行きましょうよ !」

「無理よ」


 コーチの一言に一瞬黙った部員たちだが、すぐにコーチの元に集まって問い詰める。

「何でですか。何で私たち見られないんですか」

「もっと見たいんです。何でですか」

「なんでって、あなたたちの出番、彼女の後よ。袖でスタンバイしなくちゃいけないのに、客席で見られる訳ないじゃないの」


 あれ、そうだったっけと、部員たちは顔を見合わせる。


「思い出してちょうだい。あなたたちはオープニングに出るでしょ ? 次の日本舞踊の山本先生がケガをされたから、その時間を空けてしまうとこちらの準備が間に合わない。だから佐藤さんに頼んで踊ってもらうことになったのよ。準備があるからじっくり見ている暇なんてないわよ。それに・・・」


 しょんぼりする部員に、コーチはもう一つの残酷な事実を告げる。


「あなたたち、あの後で踊るのよ。その意味、分かってる ?」



 土曜日。

 校門前でルーを待つ。

 今日は僕の高校の文化祭だ。

 一日ルーをエスコートできるのでちょっと、いや、凄く嬉しい。

 このところラスさんのお手伝いで全然あえなかったから。

 そういえばルーに制服姿を見せるのは初めてだよなあ、少し恥ずかしいかな。

 あ、あれルーかな。



「なんですか、この請求書は。なんで二枚もあるんですか」


 経理の職員が同じ会社から出された二枚の請求書に首をひねる。


「ああ、それですが・・・」

「舞台公演が見たいから、招待状をもらえれば一割引き ? 何を考えているんですか」

「でもこのお値段で一割引きはかなりお得ですよ」


 と言われても、一職員では決められない。

 これは校長様案件だ。

 そうだ、難しいことは上の人に決めてもらおう。

 請求書は経理課の課長から校長室へと送られるのだった。


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