第68話 一方その頃現世では ~ アロイスの学祭
この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。
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土曜日。
校門の前で待っていると、時間より少し早くルーが現れた。
さすが五分前精神の娘だ。
なんだか大きな荷物を持っている。
「おはよう、ルー。大荷物だね」
「アル、おはよう。あのね、屋台とかなくて食事をとるところがないって言ってたでしょう ? だからお弁当を作ってきたの。ただ、ボーっとしてたら作りすぎちゃって。余ったら持って帰ってくれる ? オムスビだから冷凍しておけば後で食べれると思う。うちは私しかいないから、どうしても残ってしまって」
ルーの手作りお弁当。
心していただこう。
受け取ってみるとかなり重い。
何が入っているのかな。楽しみだ。
今日のルーは制服姿だ。
なんでも他校を訪問する際は制服でという校則があるらしい。
ミッションスクールらしくスカート丈はひざ下。四枚剥ぎできれいなフレアを作っている。
ベルトのないワンピースタイプで、濃紺に大き目の白い襟が映える。
袖はふんわりとパフスリーブで、袖部分も白。
白の三つ折りソックスと、靴はローファーではなくメリージェーン。
清楚この上ない。
・・・姉さんのおかげでファッション用語が使えてしまう自分は隠しておこう。
「アルのところはブレザーじゃなくて学生服なのね」
「古い学校だからね。変えようって動きはあったけど、反対が多くて止めたって。あと、これは制服じゃなくて標準服。行事の時以外は着なくていいんだ」
ルーが不思議そうな顔をする。
「自主性に任されてるから、公序良俗に反さない限り文句は言われないよ。昔、服が雨で濡れたからって、クリーニングから戻ってくるまで真っ赤なアロハで通学した先輩がいたって聞いた。基本やるべきことをやっていれば特に何もいわれないよ」
「生徒さんを信用しているのね。すごいわ。いい学校ね」
ルーが称賛してくれるけど、なんとなくこそばゆい。
実際には私服通学している生徒はすくない。
勉強やらなんやらで、私服に凝る時間とお金がもったいないからだ。
時計を見るとそろそろいい時間だ。
急いで校内に入る。
「アル、あのっ、ライオンが歩いてるんだけど・・・」
「ああ、獅子の王様をやるクラスだ」
「全身青い人もいるんだけど」
「魔法のランプの中の人だと思う」
「猫の人たちは・・・」
「猫たちってクラスだよ」
「サーコート姿の人は」
「聖杯だね」
ルーが目を丸くしている。かわいい。
「僕の高校の文化祭は、全学年全クラスがお芝居をやるんだ。それ以外はないよ。だから屋台もないし、部活発表もない。おもしろいでしょう ?」
「そ、そうなんだ。アルのクラスはなにをやるの ?」
「シスターたちの冒険。そろそろ始まるよ。行こう」
僕はルーの手を握って自分のクラスに急いだ。
◎
アルのクラスのミュージカルは面白かった。
客席は椅子ではなく階段状に組まれていて、ミニシアターに来たみたい。
シスターがメインのお話なんだけど、理系クラスということで、シスターの四分の三が男の子だった。
歌もダンスも迫力で、本当に演目が決まってから練習をしたのかと驚いた。
突然シスターのラインダンスが始まったのにはビックリしたけど。
映画にそんなシーンあったかな。
舞台は午前中に一回、お昼を挟んで二回の一日三公演。
午後からは二年生と三年生の舞台を見ることにした。
「佐藤さんよね。ちょっといいかな」
どこかでお弁当にしようと教室を出ようとしたら、突然女生徒に声をかけられた。
どこかで見た人だ。小学校の時だったかな。
「私、小学校で一緒だったんだけど、覚えてるかな」
「えっと、こも・・・コモちゃんさん ? 連合音楽会で同じパートだった」
「・・・
アルと二人舞台に連れて行かれると、そこにシスターと青い人と
「この三人、誰だかわかるかな」
「シスターは土屋くんだと思うけど、残りの人は・・・」
「あはは、そうだよね。完璧なメイクだもん。左から土屋、二階堂、成田だよ。全員同じクラスだった奴」
気が付くと三人は周りを女生徒に囲まれている。
「佐藤さんがひどい扱いされてるの、他のクラスでも有名だったんだ。でも注意すればするほどこいつら頭に乗って、もっと酷いこと言うから手がだせなくなった。かばってあげられなくてごめん」
「私も。かばったら次は自分の番じゃないかって怖くて。許して」
女の子の中から何人かがこめんと言ってくれる。
「ちょっと、そこの三人。言うことがあるでしょ。チャンスは今日しかないよ。とっととやって」
「すみませんでしたっ !」
「反省してますっ !」
「ごめんなさいっ !」
三人が見事な土下座をみせた。
「佐藤さんの学校に行ってる子から聞いたの。入ってからずっと顔を隠して目立たないようにしてたって。夏休み明けから変わったって聞いたけど、それまで三年間は引きずってたんでしょ。こいつらにとっては楽しい思い出かもしれないけど、佐藤さんにとっては地獄だったよね。思い出したくもないかもしれないけど、けじめはつけさせてほしいの」
私はアルの服の背中をギュッと握る。
三人は女の子たちから大分責められたようで、土下座のまま震えている。
「許してもらえない ? む、無理ならいいんだけど」
そうだ。
忘れてたけど、私たち、まだ未成年だ。
あちらでは成人で、それなりに大人の対応を求められているけれど、こちらではまだ未成年で、間違ったことをしても謝れば許してもらえる。
反省して、もう二度と誤ったことをしないよう指導してもらえる。
責任は親や教師が取ってくれる。
まだやり直すことを許される時間。
なら。
「わかりました。許します」
三人がえっと顔をあげる。
後ろにいた女の子がすかさずお尻を蹴飛ばし、三人は慌てて土下座に戻る。
「いいの ? あなたには許さない権利があるよ。酷いことを言われ続けたんだもん」
「いいのよ。だって・・・」
三人が土下座している姿はなかなかシュールで、見ようと思っても見られるものではない。
それだけでまあ、楽しませてもらったし。
誰が言ったんだろう。
許そう。だが、忘れまい。
忘れずにいてくれれば良い。
次につなげてくれればいい。
私たちはまだ子供だ。
「いいの ?」
アルが心配そうに聞いてくる。
「いいの。だって、今は、ナオトさんがかわいいって言ってくれるから」
◎
「ナオトさんがかわいいって言ってくれるから」
ルーがそう言った時、何人かのお腹がグウっと鳴った。
誰だ。せっかくルーがかわいいことを言ったのに。
「あのぉ、よかったら召しあがります ?」
ルーがお弁当を取り出した。
「え、いいの ?!」
「ええ、作りすぎてしまったし」
ルーのまわりに女の子たちが集まる。
ちょっと待て。
「これは彼女が僕の為に作ってきてくれたんだから、一番最初に食べる権利は僕にあると思うんだけど」
手を出しかかっていた女の子たちがピタリと止まる。
「そうだったわ。ナオトさん、どうぞ」
ルーが四角いアルミの包みを二つ渡してくれる。
そしてお皿とお箸を出し、おかずを乗せてくれる。
「あ、これ、前言ってたピーマンの ?」
「そう、いかが ?」
「おいしい ! 全然苦みも臭みもないね」
「そうでしょう ? あ、皆さんもどうぞ。土屋くんたちも」
差し出された包みを受け取って次々と口にする。
「おいしいっ !」「中身、ハム ? ソーセージ ?」「ベーコンじゃないよね」
「それ、スパムです」
「え、スパムメール ?」
思わず吹き出してしまった。
メールは無理だろう。食べられないだろう。むしろ食べたらお腹を壊す。
「メールではなくて、缶詰の方です。イギリスの方でスパムをたくさん出すコントがあって、それで迷惑メールのことをスパムメールって言うようになったんですって」
「スパムのおむすび・・・ハワイ特集に必ず出てくるあれ ?」
「スパムがたくさんって、三年生の聖杯の元ネタ ?」
「すげえぇっ ! 俺、来年は聖杯やりたい !」
箱いっぱいあったスパムがガンガン減っていく。
土屋の奴は三つも食べた。許せん。
以前に土屋とあったとき、ルーは自分で歩けないくらいに弱っていた。
今、ルーはニコニコと楽しそうにしている。
なら、いいか。
いい時間だ。
僕はルーを誘って、午後の二年生の教室に向かった。
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繰り返しますが、この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。
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