第66話 アンシアのがんばり と、領主夫人の憂鬱 


 結局その日、ラスさんの家に入れなかった。

 たどり着かなかったのではない。入れなかったのだ。

 市警によってその日立てられた仮住居表示。

 お陰でアンシアちゃんは苦労しながらもラスさんちにたどり着いた。

 ノックをするとドアが開き、中からアルが現れた。


「やあ、やっと来たね。もう少しで僕は二代目ラスさんを襲名するところだったよ」

「やった。やったわっ !」

「やったわねっ! 頑張ったわ、アンシアちゃん !」


 二人で手を取り合って喜んでいたら、アルの後ろのドアがしまり、かちりとカギがかかる音がした。


「夕五つの鐘が鳴り終わったよ。サインはまた明日だね」

「うそおぉぉぉぉっ !」


 アンシアちゃんと二人、道に沈み込む。

 そんな私たちを街のの人は哀れみの目で見ていた。

 そんなわけで本日は淑女教育をお休みし、アンシアちゃんのチュートリアルの続きをしている。

 せっかくわかりかけた道、お休みを入れたら忘れてしまうかもしれないという彼女からの頼みだ。


「仕切り直してがんばろうね、アンシアちゃん」

「ええ、今日は午前中で見つけてみせるわ」


 アンシアちゃん、やる気満々だ。

 私もがんばって方向音痴解消法を調べてきたよ。

 いろいろと方法はあったけど、共通しているのは二つ。


「いい、アンシアちゃん、カンに頼っちゃだめよ。今はそういう場面じゃないの。まずは地図を良く見ましょう」


 アンシアちゃんは地図をグルグル回している。それを北が上の正位置に戻す。


「市警の皆さんが立て札を立てて下さったけど、全ての通りに札が立っているわけじゃないの。だから目印を探さなくちゃ」

「目印ね。どれがいいかしら」

「それはアンシアちゃんが自分で決めないと。地図にどんどん書き込んでいきましょう」


ラスさんちに行くには大通りの花屋さんを右折。

 今度は簡単にたどり着くことが出来た。

 ドアを叩くと昨日のようにアルが出迎えてくれる。


「さすがに二度目だから早く着いたね。はい、棒付きキャンデー。ラスさんは腰痛で動けないから、依頼書はこれね」

「ひっかけ・・・じゃないわね。ラスさんのサインだわ。お具合はいかが ?」

「大分いいよ。でも僕は今日一日お手伝いをするつもり」


 そのキャンデーはラスさんに教わって僕が作ったんだよと恥ずかし気にアルが笑った。

 その笑顔に送られて、私たちは次のノルンさんちに急いだ。



「さて立札の件、ありがとうございました。さすがのアンシアもなんとかチュートリアルを続けられそうです」


 ギルマスが市警長に言う。


「礼を言われるほどのことじゃない。前々からギルドの探索チュートリアルは、外から来た奴らには不親切だと思っていた。ルー坊のが終わってすぐに申請していたんだ」

「彼女はあまりに早すぎましたからね。比べるのは酷というものです。別にアンシアが遅すぎるというわけではない。過去にはもっと遅い不可ふかもいました」


 とりあえず立て札の場所はこことそこと、市警長が地図に印をつけていく。


「最終的には各戸に取り外し式の住居表示を求めるつもりだ。有事の際には外して侵入者に道がわからないようにする」

「目印になるものも撤去できるよう、街をあげての訓練も必要ですね。警備隊と常駐騎士団とも話し合って、ご領主様がいらっしゃるうちに開催しましょう。無事に終わったその後は・・・」

「当然、宴会だな。年越しか春の祭くらいを目途に詰めていけばいいんじゃないか」


 ヒルデブランドに新しい行事おまつりが生まれようとしていた。



 ラスさんちの前を右にすすんで、猫の置物を左に曲がったららノルンさんの駄菓子屋さん。

 そこから北上し、大通りを渡ってから通りを数えて行く。

 帽子屋のレイナルドさんにもゆっくり近づいて行く。

 カンと思い込みを捨てればアンシアちゃんは出来る子だった。

 そりゃそうだ。

 そうじゃなきゃ首席なんてなれないものね。


「街の人に訊ねるときは、感謝を忘れないでね。小さな子にもお礼をしてね」


 ラスさんの棒付きキャンデーの使い方を教えることはできない。

 自分で気が付かないといけないのだ。

 だから繰り返しささやいておく。


「わかってるわよ。これから私が住んでく街よ。失礼なことはしないわ」


 笑顔こそないが、まじめに取り組むアンシアちゃんは街になじもうと努力している。

 だが、時間帯が悪いのか人通りがない。

 自力で切り開くしかない。

 それでも少しづつだが正解に近づきつつあった。



「奥様、そろそろ帰郷のお支度をなさいませんと」

「うーん、でもねえ、このかわいいピンクウサギのマフを自慢したいのよ」


 領都からの贈り物。

 親友の分も作ってくれるなんて、なんて気が利くのかしら。

 あの子も大喜びだったし。


「ですが奥様、仕舞いの大舞踏会が終わればすぐに雪の季節です。翌日には出発しないと、道が雪で埋まってしまいます」

「確かに遭難したら笑い者ね。でもなんとかこれをあの子とおそろいでお披露目したいのよね」


 王都のダルヴィマール侯爵邸では、領主夫人がわがままの堂々巡りをくりかえしている。


「お披露目ならあの方が十分してくださいますよ。それより一緒に送られてきたあれをお付けになってはいかがですか」

「なにかあったかしら」

「ピンクウサギの毛皮で作った房飾りですわ。今日のドレスは白ですから、お揃いのお扇子につければ映えるかと」


 専属メイドが小さな箱を持ってきてあけた。

 ピンクウサギの毛皮で作られたボンボンが、大きさと長さを変えて愛らしい房飾りになっている。多数のウサギをつかったのかグラデーションが美しい。


「いいじゃないの。これでいきましょう。いい宣伝になるわ」

「かしこまりました。それではご用意を」

「うふふ、今日の話題は独り占めね。目立ってくるわ」



 お若い時は淑女の鏡と言われた方が、どうしてこんなに軽くなってしまったのか。

 長く仕えてきたメイドは深くため息をついた。

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