第64話 魔法対決・でも手は抜きません

 ヒルデブランド冒険者ギルド「あふれだした本棚」の武道館。

 野球場より少し広く、四方に観客席がある。

 一番上の窓が一階で、訓練する場は掘り下げられた地下ということになる。

 いつもなら訓練するギルドメンバーが数組いるだけだが、今日は観客席がギッシリと埋まっている。 

 もちろん、アンシアちゃんと私の魔法勝負を見学するためだ。

 見学なんだと思う、多分。


「おせんにキャラメル、エールはいかが」

「さあさあ、どんどん賭けてくれ。ルーが魔法をいくつ使うかと、何分で勝負がつくかの二つだ。掛け金の上限はギルマス指導で1000円だ」

「魔法三つに十分に1000円づ !」

「五つと三十分だ」

「ちょっと、あたしが勝つに賭ける人はいないのっ !」


 アンシアちゃんはお怒りだ。

 見学じゃなくて見物だね、これ。私も賭けておこう。


「魔法一つ、アンシアちゃんの詠唱終了から1秒に各1000円」


 ざわめきが止んだ。


「・・・あたしをバカにしているの」

「ううん ? ただ私も福祉に一役かいたいなあって。こういう賭けの収益は街の為に使われるのよ」

「え、儲けはないの ?」


 ないない。手数料すらないから。それに取り扱ってるのは街の福祉課の職員だし。

 というわけで、一番はずれそうなのに賭けました。


「・・・わかったわ。手加減なしでいいってことね」

「もちろんよ。お互い精一杯がんばりましょうね」



「まったく、なにをイベントを立ち上げているんです。この間の騒ぎで懲りたんじゃないんですか」


 武道館の桟敷席さじきせきでギルドマスターのマルウィンは苦い顔をしていた。

 そうでなくとも今はとんでもない情報が舞い込んで大変なことになっているというのに、またまたのお祭り騒ぎだ。


「しゃあねーだろう。あの新人小娘は自信がありすぎる。そりゃ悪いことじゃない。だが誰の手助けもなくやっていこうなんて無茶な話だ。自分より下に思っている相手に頭を下げるのがいやなら、その相手が自分より強いと認めさせなきゃならん。とっとと思い知らせた方が本人の為だ」

「市警長の言う通りじゃ。遅かれ早かれ問題は起こっておった。二日目で勝負がつけばおんのじじゃ」


 なぜかうきうきとやってきたご老公様の言葉にギルマスは渋々と頷く。


「仕方ありませんね。それでは賭けの儲けはいつも通り福祉課へ。入場料と出店の儲けの一割はギルドへ、もう一割はルーとアンシアでよろしいですか」

「いいだろう。それじゃあ始めようか」



ビー「いよいよ始まりました。ヒルデブランド対番対戦。実況は私、案内係のビーがお伝えします。解説は対番係累、近頃男振りが上がりまくりの」


エイヴァン「エイヴァンです」


ディードリッヒ「ディードリッヒです」


エ・デ「「二人合わせて兄様ズです !!」


エ・「何やらせやがる、じゃない、させるんですか」


ビ・「今日もピッタリ息があっていますね。さて。今回の対決ですが、新人不可ふかのアンシア選手がルー選手を対番として認められないと言ったところから始まりました。この件についてどうお考えですか」


エ・「対番と言えば新人を導くもの、正式な冒険者になるまでフォローするものですが、誰が誰の対番になるかは本人たちには決められません。基本ギルドマスターが決定し、これに異を唱えることはできません。対番の交代は病気やけがなどでフォローすることが出来なくなった時以外認められていません」


ビ・「そうですか。それをこの対決に勝つことで対番解消しようとしているのですね」


デ・「この対決でアンシア選手が勝てば対番解消、ルー選手が勝てば続行し指示に従うと決まっています」


エ・「しかしその場合も誰か別の対番が付き、対番なしということはあり得ません。また次の対番に不満があっても、今回のような措置がとられることはありません」


ビ・「それではもうお一方、スペシャルゲストをご紹介しましょう。今やヒルデブランドの人気者、ピンクウサギのモモさんです。よろしくお願いします」


モ・「キュー (よろしくー)」


ビ・「モモさん、この勝負どうご覧になりますか」


モ「キュッキュッ、 (僕のご主人様に勝てる奴はいないのね。勝てる奴は僕が叩きのめすのね)」


ビ・「なるほど。力強いお言葉です。さて、両者フロアーに登場しました。物凄い歓声です」


デ・「ルー選手、いつもの優雅な礼で応えます。アンシア選手は腕組みで仁王立ちです。やる気満々ですね」


ビ「桟敷席さじきせきのご老公様が立ち上がります。その手が下りて、今、始まりました !」


エ・「アンシア選手、すかさず詠唱に入りました。彼女は王都の王立魔法学園を首席で卒業しています。どれだけすごい魔法をみせてくれるのでしょうか。楽しみです」



十五分経過。



ビ・「アンシア選手の詠唱が終わりません」


デ・「詠唱が長ければ長いほど強い魔法となります。しかしこれほど長い詠唱を聞いたのは初めてです。魔法学園に通った経験のあるエイヴァン兄さん、いかがですか」


エ・「これは十冊ある教本の最後のほうのものですね。さすが首席卒業生です。大抵の生徒は五巻あたりで脱落します」


ビ・「ちなみにエイヴァンさんは何巻まで進まれたのですか」


エ・「・・・初日に詠唱より先に魔法を発動させたので追い出されました」


デ・「黒歴史ですね」


エ・「まどろっこしいんだよ、詠唱は」


ビ・「あ、ルー選手に動きがあります。アンシア選手の詠唱が終わるのを待っていましたが、待ちくたびれてしまったのでしょう。右手を地面にかざすと、おっと、テーブルとイスが現れました !」


エ・「あれはピンク一角ウサギ討伐の時に覚えた土塁のアレンジですね。立ち続けで疲れたのでしょう」


デ・「おや、その手にティーカップが。また新しい魔法を覚えたようです。引き寄せでしょうか。それとも物質生成でしょうか」


ビ・「膝をそろえ足を斜めに流すダッチェス・スラントという座り方です。とても女性らしく優雅ですが、この姿勢を取り続けるのはとてもつらいのです。さすが、淑女教育がいきていますね」


エ・「ずっとルー選手を睨みつけていたアンシア選手ですが、笑みが見えます。詠唱が終わりそうです」


デ・「彼女の頭上に魔力の塊が感じられます。あれをルー選手にぶつけようというのでしょうか」


ビ・「アンシア選手の手が高く掲げられ、その手がルー選手に向けられ・・・え ?」



 アンシアちゃんの詠唱が終わりその魔力が私に向けられた瞬間、物凄い音とともに武道館に白いドームが現れた。

 そしてそれが消えると、そこにはアンシアちゃんが倒れていた。


「アル、診てあげてくれる ?」

「ルー、君は一体なにをしたの」


 何をしたって、私はただ蓋をしただけ。

 コース料理とかに出てくる肉とかが覚めないようにかぶせてある、えっと、なんて言ったっけ。あの偉そうな銀のカバー、それをイメージして魔法を閉じ込めました。

 それだけです。


「な、なんて非常識な魔法なの」


 アルの回復魔法を受けてアンシアちゃんがよろよろと立ち上がる。

 彼女が何を言うか、武道館内の全員が耳をすます。


「・・・私も女よ、二言はないわ。明日からちゃんとチュートリアルをやるわ」


 やった ! 私のことを対番って認めてくれたのね ! 思わず抱きつこうとした私にストップをかけてアンシアちゃんは続ける。


「こうなったからには責任をとって、ちゃんと私を正式な冒険者にしてよ ! 手を抜いたら、ただじゃおかないわよ ! いいわね !」


 えっと、認めてくれたわけじゃないのね。

 でも、いいか。とりあえず、歩み寄ってくれたから。

 私は笑顔で手を差し出した。


「明日からよろしくね、アンシアちゃん」


 今度はちゃんと握手してくれたよ。

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