第63話 迷子のマイゴの子猫ちゃん

 今日は隔日毎の領主館での淑女教育の日。

 アンシアちゃんのチュートリアルはお休み。今頃下宿で自習しているはず。

 手書きの地図も、子供向けに書かれた街のルールブックも渡した。

 明日はゆっくり地図を見ながら歩いてもらおう。


 午前中はメイドの皆さんとバレエ風のダンスレッスン。

 その後は昼食を挟んで手芸やら音楽やらの芸術系。

 ダンスは教本を渡されて自分で覚えておいてと言われた。

 適当な時に試験をするらしい。あなたならできるわって。そんな無茶な。

 お茶はよほど親しくない限り手ずから入れる必要はないけれど、知識だけは必要らしい。

 よそのお宅でごちそうになったときに、話題の一つになるんだとか。

 ちなみに「君の入れたお茶が飲みたい」は「君の作ったお味噌汁を一生飲みたい」と同義語で、言われたからといってホイホイ入れてはいけないそうだ。

 そういう時はすぐメイドを呼んでお茶をいれさせろと言われた。

 あとは地理とか歴史とか。


「この国の名前は知っておるかの」

「そういえば知りません。街の名前しか」

「まあ、この街の中だけで事が済んでしまうからの。ここはヴァルル帝国という。首都はオーケン・アロンだ。ここから馬車で二週間ほどかかるの」


 そんなに遠いんだ。あれ ?


「ご老公様、みんな王都って言ってますけど、帝都がただしくありませんか」

「昔まだ王国だったころの名残じゃよ。王立魔法学園とかもそうじゃの」

「王都には他にどんなものがあるんですか」

「貴族の男児が通う騎士養成学院と女児が通う精花女学院じゃな。市民のための学校もあるが、試験が厳しくてな。受かるにはかなりの努力がいる」


 アンシアちゃん、独学で魔法学校に受かったって言ってたな。頑張り屋さんなんだね。頑張ってる自分に自信があるんだ。凄いなあ。


「そして多分知らないと思うが、ここはダヴィルマール領という」

「ダルヴィマール領ヒルデブランドと言うことですか ?」

「そう、ちなみに爵位は侯爵をいただいている」


 ダルヴィマール侯爵か。かっこいいな。


「そう言えば、この間のお話はどうなりました ?」

「おお、そのことじゃがな」


 ピンクウサギはつがい5組を残して処分してもらった。

 肉は年越しの祭りで使ってもらうことになっている。

 毛皮は私が好きに使うことにして、何かに加工することにした。

 と言ってもウサギ一羽からとれる毛皮はそれほど大きくない。

 コートなんてとても作れないので、マフを作ることにした。

 自分の分と、現領主様の奥様の分。それと仲良しのお友達がいらっしゃるから、その方とお嬢様の分。

 全部で四つ。

 マフって手袋の代わりっていったらわかるかな。

 円筒形をしていて、ふゆのおでかけのときに両手を入れてつかう。

 昔のヨーロッパなんかではよく使われてたらしいけど、今はどうかな。

 イヤーマフっていうのはあるけど、本来のマフとはちがうね。包むって意味だと同じだけど。

 あ、それも作ったよ。やはり四人分。

 それをしばらく前に王都の現領主様のお屋敷に送ってもらったんだ。


「とても喜んで、こちらに戻ってきたらぜひお礼がしたいと手紙がきた」

「気に入っていただけたら嬉しいです」

「見せびらかしたいから、帰郷は雪の降るギリギリになるとも書いておったな」


 その時足元でおとなしくしていたモモちゃんが、入り口に移動してトントンと扉を叩く。

 何だろうと見ていると、扉がノックされ執事のモーリスさんが現れた。


「失礼いたします。ただいま市警本部からお嬢様に使いが参りました」

「私に ? なんでしょう」

「なんでも対番の少女が保護されたとか。保護者として迎えに来てほしいそうでございます」


 私は思わずご老公様と顔を見合わせた。

 下宿で自習しているはずのアンシアちゃんは一体何をしているのだろう。



「アンシアちゃん・・・」


 急いで着替えて市警本部に駆け付けた私を待っていたのは、椅子に座って目を真っ赤にしたアンシアちゃん。


「どうしたの。何があったの。ケガとかしてない ?」

「・・・」


 だんまりを決め込んだアンシアちゃんの代わりに、付き添っていた市警さんが説明してくれる。

 屋根の上で私を助けてくれた人だ。


「彼女は一人で探索のチュートリアルをしようとしていたようだ」


 彼女はプイッと横を向いてしまう。


「地図を見ながらあっちへウロウロこっちへチョロチョロ。他人の家に入りこもうとするは、人力車の前を横切ろうとするは、心配で見ていられないとの通報が数多く寄せられ、城壁をよじ登って外に出ようとしたところで身柄を保護したというわけだ」

「一人でって、アンシアちゃん、対番抜きでのチュートリアルは禁止って言ったわよね」

「ちがうもんっ !」


 さっきまで黙っていたアンシアちゃんは、ギュッとこぶしを握って、上目遣いで私を睨みつけた。


「地図の場所を確認してただけよ ! 今日覚えておけば明日からが楽になると思ったのっ !」

「予習してたってことね。えらいわ。でも、どうして城壁に登ろうとしたの ?」

「高いところからみたら・・・街が良く見えるとおもったから・・・」


 ああ、やっぱりこの子は頑張り屋さんだ。やんなきゃいけないことはわかっていて、それを全力でやっちゃうんだ。

 いい子だなあ。

 ただ、物凄い方向音痴なのは間違いない。


「私もここに来たばかりの時は道もわからず困ったわ。でも慣れたらとても簡単になるから、明日は地図を見ながら街を確認することにしましょう」

「いやよっ !」


 差し出した手を引っぱたかれた。部屋にいた市警の皆さんが身構える。


「あなたの助けなんていらない。私は一人でできるわ。かまわないで !」

「一人ではチュートリアルは出来ないわ。対番の交代もよほどの事情がなければ認められない。私で我慢してもらうしかないのよ」

「グズグズとうるさい。新人不可ふかさえずるな」


 入り口で金の肩章をつけたおじ様が不機嫌そうに立っている。


「ライバルに指導を受けるのが嫌なのはわかる。だが、決まりがあっての社会だ。決まりに従えないならやめちまえ」

「市警長、いらしたんですか」


 ピーチクパーチク煩くて仕事にならんとアンシアちゃんをにらみつける。


「お前、王立魔法学園の首席だそうだな」

「ええ、そうよ」

「ルー坊、魔法はバッチリだな」

「はい、それなりに」


 フムと口ひげをなでつけ市警長は言った。


「では魔法勝負といこうか」

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