第62話 アンシア、ちょっと不安になる


 今日は結局ラスさんのおうちには行きつかなかった。

 西を目指していたはずが、なぜか南の正門を出ようとし、さらに北に向かったはずが東の端で、ラスさんのおうちの前を通り過ぎてしまったところで夕五つの鐘がなった。


「なんて分かりづらい街なの。王都より質が悪いわ」

「慣れたらこんなに分かりやすい街はないわよ」


 ホールの端っこのフードコートでジュースとお菓子で一息つく。

 私の頭には例によってピンクのウサギが乗っている。


「ねえ、それって・・・」

「かわいいでしょ ? ピンクウサギのモモちゃんよ。よろしくね」


 モモちゃんがチャッと前足をあげる。

 この元ピンキーズ・キングはすっかり私になついていて、いつでもどこでもくっついている。

 大抵は頭の上にいるが、移動の時は肩掛けバックに入ってもらっている。

 初日に街のおばさんにもらったやつだ。

 返さなくていいと言われたので愛用している。


「それってどこでテイムしたの ? 私も従魔にしたい」

「従魔じゃないし、テイムもしてないわ。ただのお友達よ」


 テイム。

 その単語が発せられたとたん、ギルドの中はシーンとなった。

 そう言えば確か・・・。


「王都で冒険者になるとみんなテイムして従魔を作るわ。私もそうするつもり。本当は狼か犬がいいんだけど,ウサギもいいわね」

「みんな、今聞いたことは口外無用だ ! ギルマスからの通達があるまで決して話すな ! いいな ?!」


 エイヴァン兄様がその場合にいたみんなに指示する。ヤバいことらしい。


「お前もこのことについてはもう言うな。いいな」

「わ、わかったわよ。王都のギルドでは当たり前のことだけど」

「ここでは当たり前じゃない !」


 エイヴァン兄様はディードリッヒ兄様を連れて急いで二階に上がっていく。


「あたし、何か変なこと言ったかな ?」


アンシアちゃんが不安そうな顔をする。


「うーん、あまり難しく考えないで。明日は私、年間契約しているご老公様のところに行かなきゃいけないの。だから、あなたのチュートリアルはお休み。手書きだけど地図も渡すし、この街のルールとか覚えて欲しいから、下宿で勉強してね」

「それって、達成記録が遅れるってこと ?」


 邪魔するつもり ?! と睨んでくるアンシアちゃん。

 私は違う違うと首をふる。


「対番のないチュートリアルは認められないから、明日のお休みは数には入らないわ。安心して自習していて大丈夫よ」

「おい、アンシア、ちょっと二階に来てくれ」


 階段の途中でディードリッヒ兄様がアンシアちゃんを呼ぶ。なんだろうと私も腰を上げる。


「ルー、お前は良い。今日はもうあがれ。こいつは俺たちが下宿に案内しておく」

「はい、わかりました。アルが来たら先に帰ったって伝えてください」



「ギルマス、アンシアを連れてきました」

「何の用よ、いったい」


ディードリッヒがアンシアをギルマスの執務机につれていく。

ソファには座らせない。あそこはルーの席だ。


「従魔が欲しいと言っていたね。君の知っているギルドでは当たり前のことなのかい」

「そうよ。冒険者で従魔を持っていない人はいなかったわ」


 だからあたしも冒険者になったら従魔を見つけるってきめてたの。

 そう言うアンシアはなにを当然のことを言ってるの笑った。


「これは、とんでもないことになりましたね、ギルマス」

「そうだね。さすがに黙っているわけにはいかない。アンシア、テイムは法律で禁じられているのだよ。知らなかったかい」


 人であれ動物であれ、精神に作用する魔法や薬物は禁じられている。

 勝手に自我を奪ってはならない。子供たちは小さいころに親や私塾などで必ず教わる。


「あたし・・・学校行ったことない。魔法学校には独学で受かったから」

「そうか。頑張ったんだね。そして君の街では違法だと思ってなかったんだろう。当たり前のことだと伝えられていたに違いない。だが、違法は違法」


 ギルマスは引き出しから一枚の紙を取り出した。


「誓約の魔法をかけさせてもらう。ここで見聞きしたことは他言無用。王都のギルドについてもだ。あと知り合いと連絡を取るのもやめてもらおう」

「そんなっ ! パパとママが心配するわ。手紙を書くって約束したんだもん !」


 わりと家族思いなアンシアだった。


「手紙はこちらで文面を考える。ここヒルデブランドで冒険者を目指すことを知っているのは何人かね」

「両親だけだけど、ママはおしゃべりだからあちこちで話しまくってると思う」

「ではなんとか冒険者ギルドに接触できないでいることにしよう。あとでひな型を渡す。ご実家に手紙を書いておくれ」

「ねえ、あたしの知ってるギルドって、ヤバいとこなの ? ここのギルドが普通で、あたしの知ってるのがおかしいの ?」


 昨日からの周りの反応と自分の知っていることとの違いに、アンシアは不安を隠しきれない。


「心配しなくていい。なにかあったら教えるが、ここから先は私たちに任せておくれ。そして一日でも早くチュートリアルを終えて一人前の冒険者になるんだ」


 その日のうちに王都に向けて手紙が出された。



親愛なるパパとママへ


お元気ですか。

あたしは無事にヒルデブランドに着きました。

早速冒険者ギルドに行きましたが、登録はできませんでした。

16才にならないとダメなんですって。あたし、まだ15才だった。

こんなことなら王都で登録すればよかった。

そしたら少しお目こぼししてくれたのにね。

でもせっかく来たんだから、ここで登録します。

ちょうど領主館でメイドを探しているからって、そちらのお仕事を紹介してもらえました。

住み込みなので衣食住の心配はありません。

16才になる来年の春までお世話になろうと思います。

お給金をいただいたら何かおくりますね。

それでは体に気を付けて、弟と妹にもよろしく伝えてください。


お二人の娘 アンシアより

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