第61話 一方そのころ現世では ~ 学生生活は充実してる ~

ごめんなさい。

モデムの不調で遅くなりました。


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 土曜日。

 歩きなれた道をポコポコとスタジオに向かう。

 悩みの種は三つ。

 一つはなんとかなるけど、後のふたつがなあ。



「佐藤さん、あなた、長刀なぎなたをやってみる気ない ?」


 練習後のお掃除を終え帰宅準備をしていると顧問の先生が声をかけてきた。


長刀なぎなたですか」

「そう。あのね、この春であなたの流派、一人だけになったでしょう」


 そう、春に先輩方がご卒業され、私はひとりぼっちになってしまった。

 私が所属している武芸部は、いくつもの小さい武芸が寄り集まって構成されている。

 剣道部とか弓道部とか柔道部は独立して存在するが、それ以外の人数がすくなく部活動としては存続が難しくなったものが一つの部として活動している。

 私の流派は本流から外れているので外道扱いされて、知る人も少なくウィキペディアに名前すら載らないという珍しいものだった。

 どれくらい小さいかというと、試合が全国大会しかないくらい。それも一日で終わってしまう。

 似たような流派は世界大会もあるというのに。

 それでも好きだったんだけどなあ。


「今の流派を止めろと言っているわけではないの。でも、このまま一人で練習しているのもなんでしょう。在学中だけでも新しいことに挑戦してみてはどうかしら」


 長刀なぎなたかあ。

 実は私は冒険者になってから、ほとんど剣を使っていない。

 幼いころから手と手で戦っていたので、剣だと間合いがよくわからないのだ。

 それと魔法が結構使い勝手が良いので、そちらにばかり頼ってしまっている。

 でもそろそろなんとかしなくちゃいけないとは思っている。

 あちらで兄様たちに相談してみよう。

 もう一つの悩みの種は、そう、あのアンシアちゃんだ。



 通いなれたお店のテラス席。

 パクパクとおいしそうにランチプレートを満喫しているアンシアちゃんを置いて、出入り口で待機しているセルグーズ女性給仕のお姉さんとお話する。


「すみません、ちょっと教えていただきたいんですけど」

「あらなんでしょう」

「あの、なんだか街の皆さん、私の時にくらべて冷たくありません ?」


 半日アンシアちゃんに付き合って、なんとなく感じていた違和感。

 私の時にはあれだけ親身になって協力してくれたのに、なぜかアンシアちゃんには冷たいような気がする。


「ああ、そのことですね」


 お姉さんが私を隅に連れていき小声で説明してくれる。


「本来私たち市民は不可ふかに対価なしでは関わってはいけないきまりなのです」

「はい、ですからラスさんの棒付きキャンデーがあるんですね」

「ですが、あなたの時にやりすぎてしまったんです。あんな大騒ぎになってしまって、少々反省しまして以前のように戻そうと決まったのです」


 そういえば確かに結構なイベントになっていた。そうだったのか。


「そんなわけですから、気にしないでくださいね。関わらないだけで、対価があればちゃんと対応しますから」

「わかりました。私、ずいぶん皆さんに甘えていたんですね。クラスは上がってしまいましたけど、まだまだ未熟者です。胸を張って一人前と言えるよう努力します」


 アンシアは食事を終えてお茶を飲んでいる。

 よし、新人を無事に育てての一人前。頑張っちゃうぞ。


「アンシアさん、これだけは聞いてくださいね。真上にいたお日様の位置が変わっています。お日様は東から出て西に落ちます。ですから今のお日様の方向が西です」

「そんなこと わかってるわよ」

「ラスさんのおうちは東です。ですから向かう方向は・・・」

「わかった。あっちね !」


 そう言って走っていったのは西の方。

 あかん。この子、方向音痴だ。



 朝一のレッスンに参加する。

 私は基本月水金とお稽古に行っているが今日は特別。ちゃんとバーから始めて体を温めないと踊れないから。

 一通りのレッスンがおわりみんなが帰り支度を始める頃、先生にお願いして踊りを見ていただく。

 エスメラルダのヴァリエーションだ。

 某米国大手のアニメーション会社が原作とまるで違うラストにしちゃった「ノートルダム・ド・バリ」。

 そのヒロインを主人公にしたバレエ「エスメラルダ」から・・・ではなくて、単体で振りつけられたのがこの作品。

 特徴としてはタンバリンをもって踊るところかな。

 あとは曲はゆっくりなのに回転技が多くて、他の部分も手抜きをしたらぐらついて決まらないという厄介な踊り。

 私が好きところは後半ポワントのまま右足でタンバリンを蹴りながら進むところ。

 ばっちり決まると拍手喝采なの。人前で踊ったのは一度だけだけど。

 ・・・爆笑つきだったのを思い出した。


「うん、よく仕上がってるわ。最初のアラセゴントからのパッセはしっかり入って甲の部分がきれいだわ。でもいくら楽しいからってニヤつきながら踊るのはいただけないわね」

「うっ、はい、きをつけます」


 荒い息を整えながら先生の注意を聞く。


「学校で踊るんだったかしら。珍しいわね、発表会には出ないのに」

「日本舞踊の先生が病気になられて、時間が空いてしまったんです。次の方の準備の時間があるから、私にその時間を持たせて欲しいと言われまして」


 これが三つ目の悩み。

 去年のお教室の合宿で、最終日に全員が何かを踊ることになっていて、私が選んだのがエスメラルダ。

 でもなぜかみんな指さして大笑いだったんだよね。


「あとはそうね。タンバリンを叩く位置を変えましょうか。佐藤さん、せっかく開脚がきれいなんだから、頭の上で叩くといいわ。きっと受けるわよ。それと、目力ね」

「めぢから・・・ですか ?」

「これはジプシー娘の踊りだから、さあ、見て。これから凄いことするわよ。ほら、見てよっていう観客へのアピールね。そうやってお金を稼いでいるって設定だから。最後はどうだ、凄いでしょうっていう感じが欲しいわね」


 自信。現世での私に一番足らないものだ。


「まだ先なんでしょう ? また見てあげる。文化祭の出し物でも、ちゃんとしたものを見てもらいたいものね」

「はい、よろしくお願いします。ありがとうございました」


 更衣室に戻って汗びっしょりのレオタードを脱いで体を拭く。

 着替え終わって帰ろうとスタジオを出ると、何人かの女の子が待ち構えていた。

 プロを目指している子たちだ。

 去年、私を指さして爆笑していた子でもある。


「佐藤さん、ちょっといいかな」

「なにかしら」


 なんだかお互い顔を見合わせて何か言いたそうにしていたが、そのうちの一人が前に出てきた。


「私たち、あなたに言わなきゃいけないことがあって、その、つまり、ごめんなさい !」

「ごめんなさい !」


 なんで謝られるのか戸惑っていると、最初の子がもう一度頭を下げた。


「去年の合宿で、あなたの踊りを大笑いしたでしょう。ごめんなさい。私、何もわかってなかった。あなたのスタイルだけ見てひどいことをしたわ。今日あなたのエスメラルダを見て、なんて心の狭い人間かってわかったの。あなた、こんなに上手な人だったのに」

「すごかったわ、あのバランス。体幹っていうか、軸が全然ぶれてなくて」

「足の使い方がすごくきれいだった」


 口々に褒めてくれるけど、なぜ謝っているのかがわからない。


「だから、私たち、あなたをバカにしていたの。あなたの実力をみないであなたの体形で私たちより下だと見下していたの。本当にごめんなさい。許してくれる ?」


 ああ、そういうことか。


「許すも何も、私、全然気にしてないから。あの頃の私、筋肉バリバリでみっともなかったものね。笑われても仕方がなかったわ」


 バレリーナとしてはあり得ない体形。二の腕とか胸筋とかヒラメ筋とか半端なかったね、私。


「わざわざ待っていてくれたのね。ありがとう。嬉しいわ」


 謝れるっていいね。

 自分の間違ったことを認められるって凄いね。

 そうか。

 私、アリシアのこと下に見てた。

 先輩だから教えてあげなくちゃって思ってた。

 違うんだ。

 一緒に考えなくちゃ。

 彼女の考えに寄り添わなくちゃ。

 よし、今夜はもう少しアンシアよりにいくよ。


 が、あちらに行ったらその考えが崩れそうになった。 

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