第60話 とりあえずチュートリアルを始めようか
ギルマス執務室に招き入れられ、エイヴァンとディードリッヒはいつものようにソファに座る。
「さて、あのお嬢さんの生まれた街がわかった。王都のシジル地区だ」
「シジル・・・そりゃ言いたくないわけだ」
「王都唯一のスラムか、若い娘の出身地としては最悪ですね、ギルマス」
そうだね、とギルマスは一枚の紙を差し出した。
「彼女は最後まで言わなかったよ。だが、この登録用紙にはウソはつけない。出身地や生年月日、犯罪歴まで見破るからね」
二人はその紙が自分も含めて冒険者なら全員が書かされる名前の紙だと気付いた。
違っていたのは名前は本人の筆跡だが、その下に活字のように整った字でギルマスの言った細かい個人情報が書かれていることだ。
「これは副ギルマスになったときに教えられるのだが、君たちなら教えてもいいだろう。ただし口外無用で頼むよ」
ギルド専用の魔法紙は、名前を書いただけでありとあらゆる情報を収集し、冒険者として採用か不採用かを決定する。
採用する方としては非常にありがたいが、書かれた方としては知られたくないもないことを駄々洩れにしてくれる、実に悪質極まりないものだ。
ギルマス面接だけで登録されるのは、この魔法紙があるからだ。
冒険者ギルドの最重要機密である。。
「名前、学歴、特にウソはついていないようですが、これに何か問題でも ?」
ざっと内容を確認したエイヴァンが、ギルマスに紙を帰しながら聞く。
「俺も問題はないように思いますが」
「問題はね、大有りさ。彼女の生まれた街、シジル地区には冒険者ギルドも支部もないんだよ」
「ギルドがない ? しかし彼女はギルドのことを知っているようでしたよ。とてもおかしな制度でしたが」
そうでしょう、兄さんとディードリッヒがエイヴァンに同意を求める。
「そうだな、ディー。ギルマス、つまり、そういうことですね」
「ああ。多分シジル地区には闇だか裏だかの冒険者ギルドがある。しかも悪質なね」
「非合法のギルドですか。そんなもの本当にあるんでしょうか」
アンシアの魔法紙を引き出しにしまう。
「はっきりしないうちは大事にしないほうがいい。彼女の話を聞いていた者たちには
「わかりました。全員に周知させましょう。アルとルーには話しますか」
「いや、やめておこう。ルーは彼女の対番だ。何もしらないほうがいい」
みんなに伝えてきますと、エイヴァンとディードリッヒはソファから立ち上がった。
「あの台風娘はどうしますか。ルーに何もないといいんですが」
「放っておきなさい。ルーなら大丈夫だし、アンシアはそれほど悪い娘じゃないよ。それにしても君たちはここひと月ほどでずいぶん言葉遣いがよくなったねえ」
セシリアさんが厳しくてと笑う彼らの目は光を失っていた。
◎
「あのー、チョットイイデスカー」
「うるさいわねっ ! 黙ってついてきなさいよっ!」
私の対番アンシアは、先ほどから同じところをグルグルしている。
彼女が受け取ったのは荷物と依頼書だけだったので、すぐに出かけようとする彼女を止めて私は地図をくれるように案内人に頼んだ。
「ごめんよ、ルーちゃん。実は地図はないんだ」
「ないって、私にはくれたじゃないですか」
地図がないって、そんなことがあるの ?
「こないだ北の通りの名前が変わったろう ? 前の地図は回収して新しいものに変えることになったんだ。だけどまだ納入されないんだよ。悪いんだけど通りの読み方を教えてやってくれないか。入り次第わたすから」
「なら仕方ないけど・・・」
私、努力はしたと思う。
何度も彼女に通りの呼び方を教えようとした。だけど、聞いてくれないんだもん。
「口出し無用っていったでしょ ! 余計なことは言わないでよっ !」
「違うのっ ! あのっ、ほら見て、お日様が真上にいるわ。お腹すかない ? ちょうどいい時間だわ。お昼にしましょうよ」
彼女のお腹がグぅとなった。
「そ、そうね。そろそろそんな時間かしら。でもあたし、お店とか知らないわ」
「大丈夫。
こうして私はなんとかアンシアをスタート地点に戻すことに成功したのだった。
◎
「ラスさん、この箱はここでいいですか」
「そうだね。あとそこの荷物はキャンデーの材料だから、作業場のほうに持っていっておくれ」
アロイスはラスさんの指示に従い、黙々と作業を続けていた。
ここでルーが新人と一緒に来るのを待っているのだ。
腰を痛めたラスさんを手伝いながら、頭の中では暗記した単語や公式を反復する。アロイスはかなり真面目な高校生だ。
「ルー、早くこないかなぁ」
ラスさんの家にたどり着くには半日から一日。
夕方の五つの鐘が鳴り終わるまでには来るだろう。
が、その日ルーとアンシアはラスさんの店には現れなかった。
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