ヒルデブランドの四季 ~ 一年目・秋から冬に
第51話 ルーの魔法修行 先生はエイヴァン兄様
あっというまに秋になった。
あちらで目を覚まし、まともなベナンダンティになった私だが、生活に変わりがないというのは大間違いだった。
まず始業式。
教室に入った段階で転校生扱いを受けた。誰も私がわからなかった。
そりゃそうだ。今まで顔を表に出していなかったからね。
担任の先生に学生証の写真を取り直してこいと言われた。
宿題忘れた子は、意識不明だった佐藤がやってきてるのに何で出せないと怒られていた。
あと、ダイエット方法をしつこく聞かれたのと、部活で後輩の中等部生からお姉さまと呼ばれるようになった。
◎
「きゃあぁぁぁぁぁっ ! 兄様っ ! 火がっ ! 火がっ !」
街からほど近い森の空き地。
それを囲む木がボウボウと燃えている。
なぜ ?! 森林火災 ?! 私、何もしてない !
「馬鹿やろう ! 水、水だせっ ! いそげ、水だぞっ !」
「水ね、水、水、たくさんのみーずーっ !」
空から大量の水が降ってきた。
雨かなあ、うん、雨だねえ。
「なわけねーだろがっ ! 考えるのやめろっ ! 心を無にしろっ !」
◎
「これで
「どうも、恐れ入ります」
これらをすべてクリアしてしまった。
なにしろご老公様と年間契約してしまったから、このままいけば
「生活魔法もなんなく・・・じゃないがクリアしたしなあ。後は少しずつ使える魔法を増やしていけばいい。まあ、使えば使うほど強くなるから、ガンガンやれや」
エイヴァン兄様にならった生活魔法。
具体的には火をつける、水を出すの二つだ。これはこの世界の人たちが必ず使える魔法。
力の大小はあれ、これを使いこなせるとこの街ヒルデブランド以外での生活が楽になる。
ちなみに初めて使ったときは、森で火災を起こしかけ、慌てて使った水魔法で水害の一歩手前までいった。
どうやら魔法はイメージが大事で、私はイメージの力が強すぎるみたいだ。
「生活魔法は生活の中で使う魔法だ。火の生活魔法は、具体的にはコンロの火と同じ火力だ。おまえ、この間は何をイメージしていた」
「えっとー、コミックとかラノベとかの地獄の熱波」
「大馬鹿野郎 !」
痛い、痛い。頭のてっぺん叩かないでよ。
「で、水のときはどうだった」
「ダイダル・ウェーブとか水の龍・・・痛たたたたっ !」
「このおまぬけ野郎がっ !」
エイヴァン兄様、耳の上グリグリは止めて。
「上位魔物と戦ってるわけじゃないんだぞ。まったく近頃の若いもんはラノベの読みすぎだ。あんな世界実際にあったら行ってみたいわ」
「そうなの ?」
「ああ、まずステータスなんてないし、魔法の種別はあるが、適正なんてないぞ。適正ないから使えないなんてことはない。あくまでイメージ、想像力だな。攻撃魔法とか守備魔法とかの区別はあるが線引きはあいまいだ。どの魔法をどんな時にどう使うか。人それぞれだ」
そうなんだ。攻撃魔法特化とか守備魔法しか使えないってこともないんだ。じゃあ魔力はどうなんだろう。
「ゲームじゃないんだから、数値があるわけじゃない。上限もないから魔力切れなんてこともおきない。心が折れたらおしまいってこった。負けない気持ちとイメージを持続できればなんとかなるさ。魔物相手だったらな」
人間相手はまた違うんだがなあと、兄様はパラパラとギルド発行のテキストをめくる。
「さてと、魔法には詠唱タイプと無詠唱タイプがあって、ベナンダンティはもれなく無詠唱だな。ルーもそれでいいか」
「いいけど、その二つはどう違うの」
詠唱魔法はその名の通り、魔法を使うのに一々長い文言を唱えなければいけない。
それを唱えることで魔力の放出に方向性を持たせ、確実な威力の魔法を行使することができる。
「だがなあ、恥ずかしいんだよ、その詠唱。おまえもラノベ読んだことがあるならわかるだろう」
「ああ、癒しの風よとか、吾の呼びかけに応えて、とかいうあれね」
「そう、それな」
口の中でモゴモゴ唱えていると発動しないらしい。正しい発音と発声でよく聞こえるように唱えないと明後日の方向にいっちゃうんだと。
「だから生活魔法以上を教える学校じゃあ、まず腹式呼吸と発声練習から始まるんだ。俺も通ったが、恥ずかしいことこの上ないぞ」
その上に定型文だから応用がきかないし、最低限覚えなければならない詠唱の量がテキスト10冊分くらいもあるらしい。
なのに覚えた詠唱が全て発動するとは限らないというメチャクチャ非効率な魔法なのだ。
おまけに大きな魔法はそれなりに詠唱が長く、唱え終わる前に
「その点無詠唱なら発動は一瞬、上手くいけばオリジナルの魔法の開発も可能。いいことずくめだな」
「エイヴァン兄様にもオリジナル魔法ってあるの ?」
「おお、あるぞ。洗濯 !」
兄様の体の周りを光がクルクルと回って消えていく。
埃っぽかった兄様の服はさっぱりとしていて、髪や肌もすっきりとしている。
「今はお前に聞かせるため«洗濯»と言ったが、キーワードはなんでもいい。これといったイメージがしっかりしていればな。これは俺がベナンダンティになってすぐ作った魔法で、今ではベナンダンティなら全員使える簡単なやつだ」
「すごい、私もおぼえよう」
「だが、この間気が付いたんだが弊害もある」
冒険者の中に髪も髭も伸び放題の奴が多い。
「俺もそうだったが、この魔法はすべてをきれいにしちまう。だから手入れを忘れてしまうんだ。服は着っぱなし、髪は伸ばし放題、髭の手入れもなし。きれいになったから、今日くらいはいいかとほったらかすと、以前の俺と同じような姿になる」
「あの姿にそんな魔法が関わっていたんだ」
以前の兄様たちはどこの山賊かという風貌だった。
ご老公様のところの皆さんのおかげで、今はクールな執事風になっている。
もっさりした装備も、メイドさんたちプロデュースですっきりとまとまっている。
今では三人まとめてファンクラブも出来ている。
案内係のビーさんから『肉筆回覧・ウスイホン』も作られていると聞いている。
『ウスイホン』ってなんだろう。
「頼む、それについて知らないでくれ。いや、渡されても絶対見るな。袋にでもいれてそのまま俺とディーに渡せ。アルにも触らせるなよ」
「危ないものなの」
「あれ以上にヤバイものはない。寿命が減る。命に係わる」
そんな怖ろしいものが一般市民の中に出回っているなんて。
見つけたら必ず兄様の言うとおりにしよう。
触らぬ神に祟りなし、だ。
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お読みいただきありがとうございます。
次回は11月4日になります。
よろしくお願いいたします。
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