第50話 閑話・そして新学期 ~ アロイス、もっとがんばる ~


 ルーとのデート。

 彼女の中ではただのリハビリを兼ねたお出かけになってるみたいだけど、僕の中では完全にデートだ。

 初日は街をブラブラした。

 さり気なく手をつなごうとしたら、恥ずかしそうに僕の親指をつかんだ。

 これって、物凄く胸キュンポイント高い。

 嬉しくて飛び上がりたいのを隠して、当たり前のような顔をして歩いた。


 二日目は映画を見に行った。

 大きなシネコンではなく、ミニシアターの上映会。

 あまり賑やかなところは苦手かもしれないと思ったから。

 ただ、やってたのは初代の「ゴ〇ラ」だったんだよね。まわりは特撮好きの男性ばかりで、少し浮いていた。絶対選び間違えたと思って、終わったあと謝った。


「おもしろかったわよ。一番新しいのはテレビで見たけど、これがはじまりだったのね」

「え、本当 ? どこがよかった ?」

「画面が暗くてよく見えないせいだと思うけど、はっきり見えるより迫力があったと思う。新しいものよりずっと怖かった。それに大きな画面だから、本当に襲われちゃうかと思ったわ」


 なんて話していたら、なぜか一緒に見ていた人たちがジュースやらお菓子やらをくれた。

 オタクの生態はわからない。


 そんな感じで毎日二人で遊び歩いた。

 最初は顔を出して歩くの慣れていないせいか下を向いたり、日傘で顔を隠したりしていたけれど、段々あちらでのように普通に出歩けるようになった。

 そして夏休みの最終日。


「山口ぃ、宿題のプリント写させてくれよぉ」

「土屋 ?」


 ルーとフリーマーケットを見て歩いていたら、突然うしろから抱きつかれた。同じクラスの土屋だ。


「数学、数学だけでいいんだ。頼む、この通り !」


 こんなに人の多い所で手を合わせて拝まれては断れない。仕方がない、貸してやるか。

 ついでに紹介しておこうとルーを見たら、顔が真っ青だ。


「どうしたの。具合悪い ?」

「あれ、彼女連れ ? 紹介しろよ」


 土屋がルーに気が付いて覗き込んでくる。ルーは僕の後ろに隠れて服をつかむ。背中から彼女が小刻みに震えているのが伝わってくる。


「ナオトさん・・・私・・・」

「ごめん、土屋。連れの具合が悪いみたいだ。プリント、始業式でいいかい」

「お、おう」


 じゃあ学校でと言って、ルーを抱えるようにしてその場を離れる。

 近くに小さな喫茶店を見つけ、急いで彼女を休ませる。

 冷たい水と温かいお絞りで、少し楽になったようだ。


「どう、大丈夫 ?」

「・・・ごめんね」

「びっくりしたよ。どうしたの、疲れちゃった?」

「あの、あのね」

「うん ?」

「土屋君、知ってる」



 ルーと土屋、小学校の時の同級生だった。

 主犯ではないけれど、やはりみんなでルーをあざ笑っていたそうだ。

 土屋はわからなかったようだが、ルーにはすぐわかった。

 そしてその時のことが思い出されて動揺してしまったという。


「私、またあのあだ名で呼ばれるかと思ったら・・・。アルの前でだけは呼ばれたくなくて、また元通りになるんじゃないかって怖くて・・・」

「そうだったんだ」

「ごめんなさい。せっかくのお出かけだったのに心配かけて」


 土屋は良いやつだ。

 親切だし気が利く。面倒な仕事も率先して引き受けるし、先輩や先生からも評価されている。

 でも、まさか、小学生の時とは言え、ここまで女の子を傷つけていたとは思わなかった。

 あちらでのルーは大胆で、豪胆で、新しいことにも臆せずチャレンジする明るい女の子だ。

 こちらでのルーは繊細で、臆病で、傷付きやすい、内気な子だ。

 どちらも僕の大切なルーだ。守らなければ。

 さて、どうしたものか。



 あの後ルーを家まで送って、数学のプリントをコピー。

 明けて今日は始業式。

 どんな顔で土屋に会えばいいのか。新しい上履きに履き替えてノロノロと教室に向かう。

 扉を開くとものすごい拍手と歓声に迎えられた。


「彼女ゲットおめでとー」

「リア充はげろー」

「土屋、君が犯人か」


 ニヤニヤライながら土屋が姿を現す。なんとなくムカつく。


「メチャクチャかわいいんだぜ。ナオトさんなんて言って、こいつの背中にかくれてさ」

「キャッ、ナオトさんですって !」

「ねえ、どこの学校の子 ? いつ知り合ったの ?」


 女子も一緒になって僕を取り巻く。土屋は相変わらずニヤニヤしている。こいつ、許さん。


「土屋、とりあえず謝って」

「へ ?」

「ごめんなさいって言ってみて」

「ごめんなさい・・・。で、どうしてあやまるんだ」


 僕は大きくため息をついた。仕方がない。教えてやるか。


「彼女、君と同じ小学校。クラスも同じだったそうけど、覚えてない ?」

「本と ? ウソ。あんなかわいい子いなかったぞ」


 やっぱり覚えてないか。楽しくイジメてたんだろうな。3年前じゃな。


「名前は佐藤めぐみ。ずいぶんひどいあだ名をつけたそうだね」

「佐藤・・・ !  ゲロブス ?!」


 ああ、これか。僕の前で呼ばれたくなかったあだ名は。


「彼女、君を見て体調を崩したんだ。本当にひどく怯えていたよ。まっすぐ歩けなくて、家までタクシーで送って行った。一体君は小学校でなにやってたんだよ」

「土屋君、イジメしてたの ?」

「なにそのあだ名。最低」


 女子たちが少しずつ土屋から離れる。


「ちょっと待てよ。小学生だぞ、それに3年も前のことなんて覚えてない」

「やった方は忘れても、された方は覚えてるんだよ。トラウマになるくらいね」


 僕は土屋の肩をポンと叩いて自分の席に向かった。


「そういう訳だから、数学のプリントは誰かに頼んでよ。彼女を泣かせた奴に貸す気になれない」


 土屋はハッとしたが、この状況で、彼にプリントを写させる奴はいないだろう。

 数学の担当教師は宿題を忘れたら3倍にしてやらせる。

 夏休み中の課題は4枚だ。そして裏表ビッシリと問題が書かれている。

 だから写させてやろうと思ったが、さすがに無理だ。

 江戸の仇を長崎で。

 ルー、少しだけどやり返しておいたよ。



「おじいさ・・・会長、ご依頼の件、ほぼ固まりましたのでレポートをお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 高齢でありながら矍鑠かくしゃくとした男性は女性からファイルを受け取る。


「いいね。この感じで進めておくれ」

「かしこまりました。それにしても会長がオンラインゲームを立ち上げるなんて思いませんでした。一体どういった御考えで?」


 老人はフッと笑うとファイルを既決の箱に入れる。


「新しい出会いというのは大切なものだよ。遠くの人と知り合いたいと思っても、犯罪に巻き込まれる可能性もある。だから安全でそういった心配のないゲームがあればと思ってね。もちろん参加資格は厳しくするつもりだよ」

「そうですか。では開始しましたら会長もぜひお楽しみくださいね。スタッフ一同がんばっていますから、一度おねぎらいをお願いします」


 ファイルのタイトルは『夢のまた夢 ~ ベナンダンティ物語 ~」。

 この冬始動の新作オンラインゲーム・・・の筈だ。 

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