閑話

第48話 閑話 ・ ビフォーアフター まあ、なんということでしょう

 退院した。

 担当の先生、看護師さん、病棟の患者さんが見送ってくれた。


「元気でね」

「彼氏さんに心配かけちゃだめよ」


 早め早めに荷物を持って帰ってもらったので、荷物は今朝まで来ていたパジャマと歯磨きセットくらい。

 迎えに来た祖母たちと帰宅しようと思っていたら、アロイスが来てくれていた。


「退院おめでとう。すっかり元気になったね」

「ありがとう。でも新学期までにいろいろやらなきゃいけないことがあって大変」

「宿題はおわったんだろ」


 宿題は終わった。

 終わったんだけど、それとは別に男の子には言えない、緊急でなんとかしなきゃいけない問題がある。

 ひと月近く寝ていたせいで、筋肉がゴッソリ消えた。

 そう、服のサイズが変わってしまったのだ。

 制服は早々にお直しに出してもらった。

 校則では制服に手を入れてはいけないことになっているが、事情が事情なだけに特別に許可がおりた。

 なにしろ筋肉と元々の手の長さのせいで、13号を着ていたのだが、現在は9号にまで落ちている。

 あまりの変わりように、担任の先生が職員会議でわが校の品位を守るためと力説してくれたらしい。

 ありがたいことだ。

 自宅ではユニ〇ロを愛用しているから問題ないが、外に出ていくにはやはりジャストサイズの服が必要だ。

 急いで新しい服を買いに行かなければいけない。

 それとお風呂にも入りたい。

 個室だったので専用の浴室はあったけど、危ないからとシャワーしか使わせてもらえなかったのだ。

 湯船に浸かりたい。

 肩まで使って100数えたい。


「じゃあ、山口君、後はお任せしていいかしら」

「はい。ではめぐみさんをお預かりします。暗くなる前にお届けしますから」

「え、なに。おばあ様たち、帰っちゃうの?」


 ここからは若い方だけでよろしくね、と言って祖母たちは帰ってしまった。

 何がなんだかわからないまま、アロイスは私の背中を押して歩きだす。



「いらっしゃい ! 」


 二人の女性が迎えてくれる。

 つれてこられたのは、見るからに高そうなヘアサロン。

 1000円カットしか行ったことがないから、もう場違いこの上ない。


「あなたがめぐみちゃんね。ナーちゃんから話は聞いてるわ」

「ナーちゃん ? 」

「ナオトだから、ナーちゃん。私たち従姉弟同士で小さいころはよく遊んだの」


 はい、こっちに座ってねとシャンプー台に連れてこられる。


「じゃあ、後お願い。僕は姉さんと、ね」

「任せて頂戴。アッと言わせてみせるから、そちらもがんばって」

「ちょっ、アル、ナオトさん、どこにいくの」

「すぐ戻るから、心配しないで、あとでね」


 ちょっと、待ってと言う間もなくアルはもう一人の女性と出ていってしまう。

 私はあれよあれよという間にシャンプーを終え、カーテンで隠された鏡の前に座らされた。



 一時間ほどたっただろうか。

 シャキシャキとはハサミの音だけが響く。

 ブローが終わりなにやら髪をいじくられていると、アロイスたちが戻ってきた。


「おかえり、守備はどう ? 」

「ばっちりよ。そちらもすごいじゃない」

「プロですからね。ではユーハブコントロールお後よろしく

「はい、アイハブコントロールおまかせあれ。めぐみちゃん、こっちでお着換えね」


 拉致されていく私をアロイスががんばってと手をふる。

 奥の部屋でガンガンに着替えをされられた私は・・・。


「かわいい ! すっごく似合ってる !」

「一目見た時から、絶対『姫系』だって思ったのよ。だから根性入れてえらんだわ。清楚で上品、でも野暮ったくなくて、ああ、選んだ私、天才ね !」


 女性二人で手を取り合ってはしゃいでいる。

 私は居心地が悪くてしかたない。


「アルぅ・・・」

「ごめんね、しばらくほっとけば正気に戻るから。あのさ、あの、病室でも言ったけど、ルーはすごくかわいい。服も似合ってる。もう顔を隠さないほうがいいよ。もったいないもの」


 かわいい。かわいい ? 私が ? 


「信じてないみたいね。ほら、鏡を見て。あなた、すっごくかわいいわ。ね、バイトしない ? カタログのモデルなんだけど」

「姉さん、彼女は病み上がりなんだよ。そういう話は元気になってからにしてよ」


 はいはい、わかった。とにかく見てとさっきまでカーテンのかかっていた鏡の前にたたされる。

 そして顔をあげた先には・・・。


「私、じゃない ?」

「あなたに決まってるじゃない。面白いことを言うわね」

「そうよお、少し髪型を変えて、あなたに似合う服に着替えただけ。美容整形なんてしてないわよ」


 パっとアロイスを見る。


「姉さんたちの言う通りだよ。君はとっても可愛いし、絶対ブスじゃない。ね、信じてくれた ?」

「まったく、女の子にブスっていう奴は自分こそ鏡を見ればいいのよ。どれほど自分が美形だとおもってるのかしら。変な男ばっかりだったのね、あなたのまわり」


 あなたはそんなこと言わなかったでしょうねと釘をさされるアロイス。

 するわけないじゃないか。どういう目に合うかわかってるのにと笑うアロイス。


「あのお、失礼ですが、アル、ナオトさんのお姉さまですか」

「あらぁ、ごめんなさい。自己紹介してなかったわね。ナオトの姉の七海ななみよ。アパレルでデザイナーと広報をやってるわ」


 小さい会社だから、いろいろやらされるのと笑う。


「物凄いトラウマ持ちの友達がいるから、手を貸してくれって頼まれたのよ。まさかこんなかわいいお嬢さんだとはね」

「君のおばあさんたちからも頼まれたしね。帰宅して一息ついたら絶対外にでないから、一気に全部済ませてほしいって。ちゃんと軍資金も預かってるから安心して」


 パンパンと従妹のお姉さんが手を叩く。


「それじゃあ、初デート行ってらっしゃい。着ていたものはおうちに届けておくわね」

「そうそう。それ以外にもいくつか買ってあるから、それも後から届けるわね。どれも似合うことまちがいないわ」


 あとで着たところを写メしてねと、私とアロイスはお店を追い出されてしまった。


「あの、アル ? 私、お姉さま方にお礼を言い忘れてしまったわ」

「あとで僕宛にメールくれる ? それを見せておくよ。さて、どこに行きたい ? 約束通り映画にする ?」

「急に色々あったから、なんだか夢を見ているみたいなの。ゆっくり考えてもいい ?」


 じゃあ、今日はブラブラこの辺りを歩こうか。大きなショッピングモールもあるよとアロイスが手を差し出す。

 私はちょっと戸惑ったけど、アロイスの親指をぎゅっと握った。

 今日はなんだか世界が明るい。

 それは髪を切ったせいだけじゃないはずだ。

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