第47話 夢だけど・・・夢じゃなかった
「カンパーイ!!」
複数のジョッキがぶつかり合う。
何度目かの乾杯。何度目かのおかわり。
私のチュートリアル終了記録更新と
「ルー、呑んでるか」
「飲んでますよ、ジュースですけど」
以前の宴会ではお酒がザルだった私だが、あちらで覚醒してからは一滴も飲めなくなっていた。
やっぱりあれはイレギュラーだったんだろう。
そして覚醒したあの日の夜、私はやっと二度目の
恐る恐る開けたドアの向こうにアロイスと兄様たち、そしてギルマスを見つけたときは、これは夢の世界で、でも夢じゃなくて、私にとって大切な世界なんだと、うれしくてみんなに抱きついて大泣きしてしまった。
◎
「お腹すいた・・・」
「うん、そうだね」
「炊き立てご飯に煮魚と
「もう少ししたら食べれるからね」
「重湯あきたーっ!!」
ほぼ一か月寝たきりだった私は、筋肉は消えてるは、声は出ないは、食事をしていなかったから胃が弱って重湯しか食べれないはで散々な体になっていた。
あれだけ筋肉質だった手足は悲しいくらいに細くなって、しばらく試合には出られないと悲しくなった。
ついでに歩くことも難しくなっていて、一日のうちの大部分をリハビリに充てられた。
そして問題の宿題は、『遅れてもいいけど、9月中には提出してね』というありがたいお言葉をいただき、リハビリの隙をぬってプリント系を終わらせ、今は数学と国語の課題に取り組んでいる。
アロイスこと
ラマヌジャンはやっぱり面白い。そして公式はんぱなく難しい。
逆翻訳のほうはさすがに時間がなくて、予定を変えて絵本を選んだ。
拾った卵でカステラを作るネズミのお話。
小さいころから、いや今でもあのホカホカの満月みたいなカステラが食べたくてしかたないんだよね。
大好きなシリーズ。今でも新刊が出るたび買っている。
でも一文が短いから、逆にオリジナルに引きずられそうになって困った。
私の入院は10日ほど続いた。
食事がちゃんと取れること。一人で歩けること。昼間ちゃんと起きていられること。
これらをクリア出来ての退院だ。
もちろん画期的な回復力と言われた。
本来はリハビリに、特に自立歩行にもっと時間がかかるらしい。
それは山口君、言いにくいなあ。もうアロイスでいいや。
彼が毎日お見舞いに来て、回復魔法をかけてくれたおかげだと思う。
それに私もリハビリ以外でもがんばった。
寝ながらできるエクササイズとか筋トレとかストレッチとか、立てるようになってからはベッドの柵を使ってバーレッスンとか。
あちらで自由に動ける分、こちらで思うように体が動かないのにイライラして、とにかく無茶苦茶がんばった。
「退院したら、一緒に映画にいこうよ。ファストフードでよければごちそうするよ」
「ホント? 私、行ったことないの。連れてってくれる?」
魔法をかけるために手を握り合っておしゃべりする私たちを、友情の奇跡 ⇒ 初恋の奇跡に変換したらしい他の入院患者さんは微笑ましく見守っていたらしい。
たまに看護師さんの「リア充・・・」というつぶやきが聞こえてきたけど気のせいだろう。
◎
宴会は街の人々を巻き込んで続いていく。
「そういえば、なんで昇格祝いが今なんですかね。普通はチュートリアルが終わった日でしょう」
しまった。突っ込みどころはそこか。
私がちゃんと目を覚まして正式にベナンダンティになってからと言うお願いがあったからなんだけど。
「ふっふっふっ。実はのう。これを待っておったんじゃ」
ご老公様が胸元から一通の書状を出す。そしておもむろにその内容を読みだした。
「申請された通りの改名。『全力逃走通り』は、犯罪を思わせる名前の為、却下とする」
はあぁぁぁっ?
と広場に不満のブーイングが響く。
それを手で制してご老公様は続ける。
「しかして要望に応えるにやぶさかではなく、街を貫く通りの北部分を『ルーの全力疾走通り』と改名することを認める」
会場がシンと静まる。
なんか言いやがったよ、ご老公様。
一瞬の沈黙の後、広場は 物凄い雄叫びに包まれた。
「何が起こったの、ねえ、何があったの?!」
「時代が、動いたのかなあ」
アロイスがあきれ返ったように返す。
広場は今や大騒ぎ。
当事者の私は置いてけぼりだ。
「ねえ、アル。これで全部が終わったのかしら」
「そうだねえ。とりあえず導入部分は終わったんじゃない?」
たった一か月半。
その間に私の人生は180度かわったと言っていい。
物凄くかわったけど、現世では何も変わっていない。
何もかもが新しくなったような気分。
「ねえ、アル。これはラノベお約束の『僕たちの冒険はこれからだ !』で終わってよくない ?」
「いやあ、どちらかと言うと『僕たちの冒険はまだ始まらない』のほうがいいんじゃない?」
それもそうだ。
いろいろあった私の夏休み。
残すところ一週間。
今までと違う生活が始まる。
そう、今は始まる前の静かな時間。
今夜はこの時間を大切に味わおう。
明日からの新しい生活を待ち遠しく思いながら。
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