第45話 Meanwhile in the 現世 一方そのころ現世では ~アロイス、さらにがんばる~

「初めまして。僕は山口やまぐち波音なおとと言います。メグミさんと同じ高一です。よろしくお願いします」


 大きな総合病院のロビーで、ルーのおばあさんが出迎えてくれる。

 平日の15時。

 面会時間の始まりだ。


「めぐみの祖母です。お見舞い来てに来てくださったのはあなたがはじめてなの。ありがとう。きっとめぐみも喜ぶわ」

「この間まで普通にメールでやり取りしていたんです。急に連絡が取れなくなって、まさかこんなことになっているなんて」


 入院棟への廊下を並んで歩きながら、おばあさんはどうしてこうなったかを教えてくれる。大体はギルマスから聞いていることと同じだった。


「でもめぐみにあなたみたいなお友達がいたなんて。親しい人がいるなんて聞いていなかったから驚いたわ」

「パソコンのオンラインゲームで知り合ったんです。僕もそうですが、めぐみさんもご家族に話すのは恥ずかしかったんじゃないでしょうか。普通の知り合い方じゃありませんし。僕の家族も本当に女子高生かって疑っていました。今でもちゃんと紹介するまで信じないって言うんですよ」

「あらあら。じゃあ山口君はめぐみとお付き合いしてるってことかしら」


 おもわず前につんのめる。

 慌てて否定する。


「お、お付き合いとか、そんなんじゃなくて、ゲームの中でも仲間っていうか、その、僕なんかが相手じゃめぐみさんに失礼です!」

「フフフ、そうなのね。でも嬉しいわ。あの子はお友達のこととか全然話してくれないから」


 お友達いないそうです。なんて言えないので笑ってごまかす。

 正直、心臓がドキドキいってる。

 こちらのルーに会うのが怖い。

 本当にルーが言う通りの、その、そういう容姿なのかな。

 ギルマスや兄さんたちは、絶対違う。

 あちらのように絶世の美少女ではなくても、それなりに可愛いはずだと言う。

 でも、やっぱり違って、それを態度に出して、彼女を傷つけたりしてしまうんじゃないかと心配だ。


「こちらよ。状態が状態だから、個室に入れていただいているの。さすがに大部屋ではねえ」


 病棟の少し奥まったところ。

 ルーの本名と面会謝絶の札がかかっている。

 ドアは開け放してあって、中が見えないよう黄色のカーテンがかかっている。

 ドアが閉まっていると中の様子がわからないし、看護師さんがすぐに入ってこれないからですってと、おばあさんが教えてくれた。


「ぞうぞ。お入りになって」


 促されてカーテンをくぐる。

 個室だけあって大部屋と同じくらい広い。

 ベットの横には見舞客の接待用かソファとローテーブルが置いてある。

 枕元のサイドテーブルにはルーの物らしいスマホが置いてあった。


「あちらにお電話くださったのかしら。何度か着信があったのは気づいてたの。でもパスワードがわからなくて出られなかったのよ。ごめんなさいね」


 おかけになってとベッド横にパイプ椅子を用意してくれた。

 僕は覚悟を決め、椅子に座ってルーの顔を、見た。


「あれ?」

「どうかなさった?」


 さっきまでドキドキしていた胸が、一気にバクバクに変わった。

 おばあさんが不思議そうな顔をする。


「あ、あの、ル、めぐみさんは、いつも髪で顔を隠していて、ちゃんと顔を見たのが初めてで、いつもと違うので少し驚きました」

「ああ、そうね。この子は自分の顔が本当にきらいで、いつもそうやって顔を隠しているのよ。私たちも久しぶりで素顔を見たわ」


 天岩戸じゃあるまいしねえと笑う顔は、すこし寂しそうだった。

 ルーは本当に眠っているだけだった。

 栄養補給のためだろう。左の腕には点滴が刺さっている。

 筋肉質だと言っていた腕は、ほっそりしていた。


「気が付いた? ずっと動けないから、筋肉が弱ってしまったの。看護師さんにも手伝っていただいて、手足を動かすようにしているのだけれど、やっぱりちゃんと動かないとだめね。目を覚ましたらきっと悲しむわ」


 僕は大きく深呼吸すると、ルーの点滴の刺さっていない方の手を握る。


「ルー、聞こえるかい。ルー」


 失礼にならない程度に彼女の耳元に顔を近づける。


「ルーっていうのはめぐみの愛称かしら」

「ゲームの中のキャラクターの名前です。仲間が集まるとその名前で呼び合うんです。僕はアルって呼ばれています」


 別の名前があるんなんて、面白いわねえと言うおばあさんにそうですねと返事をして、ルーの手に心を集中させる。

 最初はうまくいかずやはりこちらでは魔法は使えないのかと思ったが、だんだんに手に魔力を感じることが出来てきた。


「ルー、僕だよ。目をさまして」


 あちらに比べると本当に僅かな魔力。それを手を通してルーに送り込んでいく。


「もうお昼を過ぎたよ。お腹が空いてるんじゃない。一緒に食べよう」


 ルーは食いしん坊だ。

 口には出さないけれど、僕は知っている。

 お皿が運ばれてくる前のワクワク感は駄々洩れだし、テーブルに料理が並んだ時のハッとするような笑顔もいい。

 それに本当に美味しそうに食べるんだ。

 食べ方もきれいで、お皿の上にはソースもほとんど残さない。


 おいしく食べてくれてありがとうねえとハイディさんもよく言っている。


 「君がエイヴァン兄さんと一緒に狩ってきたウサギ。ハイディさんがシチューとテリーヌにしてくれるって。君の好きな黒パンとチーズもつけてくれるってさ」


 ルーの瞼がピクっと動いた。

 効いたのは魔法か、食べ物か。

 もう少しがんばって魔力を流す。

 すると、ルーの目が、あちらの目にも負けない大きな目がカッと開いた。


「ルー! 気が付いた?!」


 おばあさんが急いでナースコールを押す。

 ナースステーションからバタバタと複数の足音が近づいてくる。


「どうしました?!」

「めぐみが、目をあけました!」


 ルーの目はじっと僕を見ている。

 僕が誰かわかるだろうか。

 初対面だから、わかるはずがない。

 僕の顔は向こうの美少年顔じゃない。

 その辺にいる普通の高校生だ。

 ルーは気づいてくれるだろうか。

 次にかける言葉を探しているうちに、ルーの目は静かに閉じた。


 その後担当の先生が来て、どんな状況で目を覚ましたかとか色々聞かれた。

 目を開けた原因はわからないけれど、親しい人の呼びかけで覚醒した症例もあるから、できるだけ声掛けをしてくれと頼まれた。


「初対面のあなたにこんなことをお願いするのは心苦しいのだけど・・・」

「通ってる予備校がこの近くなんです。僕の方こそご迷惑でなければお見舞いに来たいんですが」


 おばあさんは今は藁にも縋りたい気持ちなの、と言ってから、ごめんなさい、藁なんて失礼よねと謝る。

 その顔は最初に会ったときよりずっと明るくなっていた。

 僕は回復魔法の成功とルーの素顔を見られたことで、満足して病院を後にした。

 まさか、この後ルーが大号泣して怒ってくるとも思わずに。 

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