第40話 シャルウィダンス?
私がトラックにひかれかけて転んで意識不明になったのは一学期の終業式の帰り。
あれから二週間とちょっと。
あちらは八月になっているはず。
そして私が一番心配しているのは・・・。
「夏休みの課題、どうしよう・・・」
「それな」
「全然やってないわけじゃないのよ。期末の後で一覧が配られていたから、できるものはある程度済ませてあるの。でも手のかかるものは全然手を付けてないのよ」
「たとえばどんな?」
数学の偉人の伝記から一人選んで感想文。それとその人の残した公式とかにできる範囲で挑戦してみるとか、英語に翻訳された日本人の作品を原作を読まずに和訳するとか。
「うわあ、それ、面白そう! 僕のところとはずいぶん違うなあ。プリントばっかりだし」
「他のクラスは映画のシナリオの翻訳っていうのが出たって。そちらのがよかったな」
「それで、どんな作品を選んだの?」
うーん、それなんだよね。
「迷ってるのよ。数学の方はラマヌジャンか
「メロスかぁ。あれだよね。実は時速4キロ以下でノロノロ歩いてたって中学生に検証されたやつ」
「そうそう。逆に太陽の十倍速く走ってたからマッハ14とかね。面白いこと調べようとする人って目の付け所が違うわよね」
パンパンと手を叩かれて雑談を止める。
今日は一日おきの淑女教育の日。その初日だ。
兄様たちの大変身の日は、食事のマナーを見るということで全員でお夕食をいただいた。
日本人が多いから和食かと思ったら、ほぼフレンチだった。
もちろん和食を出す場合もあるが、ご
「あら、皆さんきちんとお食事ができますのね」
「まあ、一通り習っていますから」
女子校に入ったら隔月くらいでフルコースのマナー講習があって驚いた。
合格をもらえれば参加しなくてもよくなるが、それまでは何度でも。もちろん学費とは別料金。
だからクラスメートに手伝ってもらって給食の時に特訓してもらった。
でも一年半かかった。
ああ、間違ったときに手の甲に振り下ろされるフォーク。
痛かったなあ。
お父さん、お母さん、不器用な娘が今となっては無駄ではなかった出費をしてしまいました。
ごめんなさい。
そういえば兄様たちもアロイスもちゃんと出来てる。
「この年になると何度か結婚式に呼ばれているからな。あれは大抵フレンチのフルコースだ」
「家族に親族、同僚に先輩に上司。社会人になったら山のように機会があるぞ。覚悟しておけ」
お祝いで色々と消えていくんだよ。それにマナーが悪いと新郎新婦に恥をかかせることになるから、必死で勉強したぜ、とディードリッヒ兄様は非常に優雅にナイフとフォークを操った。
「お食事のマナーの練習は不要ですわね。だとすると後はダンス、器楽、歌。歴史と地理に会話の練習も必要でしょうか。こちらでは貴婦人が手ずからお茶を入れるのは、よほど親しい間柄でしかありませんから、その辺はこちらの馬鹿・・・若者にまかせましょう」
「ひでぇ、馬鹿者って言いかかった」
「そう思ったらシャキッとなさい。今のままでは侍従としても護衛としても中途半端ですよ」
そんな訳で、ただ今ダンスのレッスン中。
私のお相手はアロイス。
兄様たちは若いメイドさんたちがお相手だ。
誰が誰の相手をするか、事前にくじ引きで決めたらしい。
兄様たちを引き当てたメイドさんはニコニコ顔だ。
外れた人たちは若い侍従さんたちが相手だそうだ。
それはそれで嬉しそうでよかった。
ところで、社交ダンスなんてしたことがないって言ったら、男女が抱き合って踊るようなはしたない踊りはしませんといわれた。
じゃあどんなダンスなんだって聞いたら、これが古式ゆかしい宮廷ダンスだった。
バレエ「ロミオとジュリエット」の中の二人が初めて出会うキュピレット家の舞踏会。そこで流れるメヌエットっていうダンスに似ている。
まず集団で踊る。
殿方は右側、ご婦人は左。
ステップは簡単。
右足を出す。
左足をそろえる。
左足を出す。
右足をそろえる。
これは結婚式の時の花嫁さんがバージンロードを歩く時と同じ。
前や後ろに移動したり、場所を入れ替えたり、パートナーが変わったり。その間けっして手はつながない。
じゃあ、どうやって相手に自分をアピールするのかというと、さりげなく、すれ違う時に服に触れるとか、指先を
すると相手はボッと頬を染めて、まわりの人たちはあらまあと微笑みあうと。
なんとまあ初々しいこと。
「はい、向き合っているときは相手から目を離さない。目をそらすのは相手のことが顔を見るのも嫌なくらい大嫌いか、恥ずかしくて顔を見られないということです。誤解されたくなければきちんと目をあわせなさい」
「めんどくせえ!」
「その面倒くさいことで世の中は回っているのです。我慢して長い物にまかれてしまいなさい。そこっ、下を向かないで顔を上げる!」
セシリアさん、
ときおり床をドンと打ったり、棒で姿勢や位置を直したり。
それ、現代ではやってないから。
せいぜい帝政ロシアの頃だから。
なんて思いながら踊っていて、気づくと私とアロイス以外は踊っていない。
「あの・・・どうかしましたか。何か・・・おかしなところが・・・」
そう聞くと、メイドさんたちは困ったように顔を見合わせる。
侍従さんたちを見るとフッと目をそらしてしまう。
・・・やっぱり、何かおかしかったんだ。
また現世のように指をさされてクスクス笑われるのだろうか。
それとも私がいないところで爆笑されるのだろうか。
もしかしたらメモでいろんな人に回覧されるのかもしれない。
・・・いやだ。
鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。
泣きたくなるのをグッとこらえて唇を噛みしめる。
顔がだんだん下がって床が見えてくる。
「違います! 違うのです!」
セシリアさんが私の前にひざまずく。
「お許しくださいませ。お嬢様を不安なお気持ちにさせてしまいました。決しておかしなところがあるなどということではございません」
「でも、だって、みんなが・・・」
「皆、お嬢様のあまりに美しい踊りに目を奪われていたのでございます!」
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作中の『メロス時速4キロ以下』は、塩野直道記念 第1回「算数・数学の自由研究」作品コンクールで中学部門 塩野直道賞を受賞した愛知教育大学附属岡崎中学校2年の村田一真さんの『メロスの全力を検証』から、また『メロスはマッハ14』は「小説家になろう」内、狼不可説様、の作品『走れメロスでのメロスの走る速度がマッハレベルなんですが ーメロスの速度を検証してみたー』を参照させていただきました。
狼不可説様とは連絡が取れず、許可をいただかないまま使用させていただきましたことをお詫びいたします。
もしこちらをご覧になりましてご不快になられましたらお知らせください。当該箇所を削除いたします。
ご連絡お待ちしております。
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