第41話 簡単に捨て去れるのであれば

「お嬢様の踊りに見惚れていたのです!」


 セシリアさんがそう言った。

 でも、私は知っている。

 え、あなたが上手だから見ていたのよ。あなた、本当に上手よねえ。みとれちゃったわあ。

 そしてクスクス笑う声が聞こえてくる。

 そう。それがいつもの。

 だから、もう、いいや。


「お嬢様?」


 なんだか、疲れちゃった。

 帰ろう。

 宿舎に帰って、休もう。

 寝られないのはわかってるけど、今は一人になりたい。

 私は一人、部屋を出た。



「お嬢様?! お待ちください、お嬢様!」


 セシリアは部屋を出ていくルチアを追いかけようとした。

 それをエイヴァンらが止める。


「一人にしておいてやってくれ。今は何を言っても耳には入らない」

「どうなさったのでしょう。私たちは何か失礼なことをもうしあげましたか」

「いや、それはない。大丈夫だ。何も問題はなかったんだ」


まあ、座ってくれと全員を壁際の椅子に座らせる。


「まず謝罪する。すまなかった。最初に話しておくべきだった」

「俺たちもここまで拗らせているとは思っていなかったんだ。とにかくまずは聞いてくれ」


 エイヴァンはルチアの育ちをこちらの世界に合わせて簡単に説明した。


「そんな、あんなきれいな方ですのに。なんてひどいことを」

「彼女は容姿を褒められれば褒められるほど、それが悪意だと感じてしまう。以前よりはマシになったが、急に過去を思い出してあんな風になってしまう。すまんが気長に付き合ってやってくれ」


 居合わせた一同はルチアの心の重い枷に戸惑いながらも協力することを約束した。

 特に女性たちはルチアに対する周りの所業に怒り心頭だった。


「ところで、あなたたちは今、自分が侍従見習だということを覚えていますか」

「え、あっ!!」

「言葉遣いの練習をした方が良いようですね。せっかくですから、このままお稽古に移りましょう」


 藪蛇だった。



 とぼとぼと長い廊下を歩く。

 与えられた部屋に戻って着替えよう。

 それで宿舎に帰ろう。


「どうしたんじゃ、ルー嬢ちゃん」


 突然肩を叩かれる。ご老公様だ。


「こんなに泣いて、何があったんじゃ。今日はダンスの練習のはずじゃが」


 ハンカチで涙を拭いてくれる。私、いつのまにか泣いてた。


「少し話でもしようかの。こちらにおいで」



「わかってるんです。セシリアさんは悪口とか言う人じゃないって」


 だから、これは私が悪い。

 褒め言葉を悪意にしか受け取れない私が悪い。


「嬢ちゃんは悪くはない。そういう風にさせた周りが悪いんじゃ。じゃがなあ、自分の言いたいことを言わずに逃げるのはどうかと思うぞ」

「逃げる・・・」

「何も言わずに戻ってきたんじゃろう。なぜ一言、そんなことは言わないでほしいと言わんかったんじゃ」


 何もって、何か言ってよかったの?

 何を言ったらよかったの。


「そら、そうやって黙る。それでは嬢ちゃんの本当の気持ちは誰にも伝わらんよ。なんでもいいから口にしてみなさい」

「何でもいい・・・」


 私は、ブスだ。

 そう言われて育った。

 違うって言われたって、今更その自覚を変えるなんて無理。

 今ベナンダンティになって、違う姿になって、これが私の本質だって言われても、何を根拠に信じればいいの。

 私なんて、恨みがましくて、何を言われても言い返せなくて、ただやるべきことを黙々と繰り返しているだけの、面白味のないつまらない人間なのに。


「と、いうのが嬢ちゃんの気持ちかの」


 ご老公様は私を部屋の大きな鏡の前に連れて行った。


「よく見てごらん。これが嬢ちゃんじゃ」

「・・・」

「まっすぐな髪、大きな瞳。自分の義務に真摯に向き合ってきた嬢ちゃんそのものじゃ。一人で頑張ってきた嬢ちゃんの生き様を間違いなく映しておる。その年でそれだけの生き方ができる嬢ちゃんは、決してつまらぬ人間ではない。このワシが保証する」


 ご老公様は私の頭をポンポンと叩く。


「何かしたかったことを言ってごらん。何がしたかった」

「・・・お友達とお出かけしたかった」

「うんうん」

「映画・・・お芝居を見て」

「芝居か」

「ハンバーガー屋さんでお茶して」

「はんば・・・おお、あの肉の寄せ集めか」

「お洋服やアクセサリーを見て」

「ご婦人は好きじゃのう」

「でも、私、お友達いないもん」


 学校、部活、お稽古の繰り返し。

 帰宅したら家事と勉強。

 週末もお稽古と溜まった家事。

 そんな暇はなかったし、そもそも親しい友達なんていなかった。

 それに、遊び方も知らない。


「もう少しすると、王都から現領主夫婦が戻ってくる。娘は気立てがよくて優しい女子おなごじゃ。女同士、色々おしえてもらうとええ。孫もおるぞ」

「お孫さん・・・」

「おお、まだ八つじゃが、なかなかのいたずら坊主で屋敷の者を困らせているらしい。一緒に遊んでやってくれ」


 私はコクコクと頷く。

 正直ご老公様の話は、私のコンプレックスとは全然関係なくて、なんとなくはぐらかされた気持ちで一杯だった。

 それでも理不尽に困惑している私の気持ちを解そうとしてくれる気持ちが伝わってくる。

 メソメソ泣く私は、ご老公様の腕の向こうにアロイスや兄様たちがこちらを見ていることに気づいた。

 心配かけちゃったな。

 謝らなきゃ。

 でも今は、ご老公様の腕の中でもう少し泣かせてもらおう。

 いいよね?

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