第38話 一皮むけるとは、こういうことか!
部屋の中を沈黙が、いや、めちゃくちゃ居心地の悪い雰囲気が漂っている。
ご老公様とギルマスはあんぐり口を開けてるし、兄様たちはそっぽ向いてるし、アロイスにいたっては兄様たちの後ろにじわじわと隠れようとしている。
「なに一人で逃げようとしてる」
「だって、恥ずかしいんですよ、兄さんたちはいいじゃないですか、似合ってるし」
「俺たちの方がよっぽど恥ずかしいわ!」
◎
「お待たせしました。侍従見習の支度が整いました」
「さあ、おはいりなさい」
「何をグズグズしているのです。ご主人様がおまちですよ」
侍女さんたちに押されてまずアロイスが入ってくる。
「や、やあ、ルー。きれいだね」
「アルも・・・かっこいい」
アルの赤い髪はきれいに七三に分けられ、何か鬢付け油のようなもので固められている。
着ている服はよく言われるところの執事服。
まだ着慣れていない様子が初々しい。
「ほら、あなたたちも! 何を恥ずかしがっているのです!」
「いい大人がみっともない! あきらめなさい!」
侍女さんたちに押されて大男二人がジタバタしながら入ってきた。
「・・・あの、もしかしてエイヴァン兄様とディードリッヒ兄様ですか?」
髪の色からして、間違いなく兄様たちなのだが、これはどうしたことだろう。
エイヴァン兄様の黒い髪は真ん中でわけられ、アロイス同様きれいになでつけられている。
無精ひげはツルツルに剃られ、一体どこの敏腕執事ですかという風体になっている。
銀縁眼鏡、欲しい。
ディードリッヒ兄様のほうはそれこそ別人になっていた。
伸ばし放題の赤毛はこれでもかと梳かれ、オールバックにして後ろでひとつに結ばれている。
兄様、目があったんだ。
そして髪がサラサラ。
「くせ毛かと思ったら、ただのズボラでしたわ。ちゃんと梳かせばこの通り。眉も整えまして、ご覧のように見た目だけは満足いく出来になりました」
侍女さんたちは私たち頑張ったわよねと満足気に微笑んでいる。
ギルマスとご老公様は茫然としているし、三人は出来るだけ顔をみせないようにしているし。
私はというと、
「笑いたきゃ笑えよ。くそっ、この年でこんな格好をするとは」
「・・・素敵・・・」
「そう素敵・・・って、え?!」
「素敵です、兄様たち! カッコいいです!」
ええ、カッコいいですよ!
「この姿で王都までついてきてくれるんですよね! きっとモテモテですよ。美形侍従で有名になりますよ。そしたら私、鼻高々ですよ!」
「そ、そうか?」
「ルーがそういうなら・・・」
なんとなく納得しそうだった雰囲気にエイヴァン兄様がまったをかけた。
「何言ってやがる。俺たちは冒険者だぞ。こんなフワフワした格好で依頼を受けられるか。舐められるだけだぞ」
「それは・・・そうだが」
「この格好でギルドに戻ってみろ。爆笑されるぞ。ビーなんか指さして大笑いするぞ」
エイヴァン兄様はそれに付け加える。
「元の姿だからこその信頼だ。それを全部失うと死活問題だぞ」
「あ、それはないよ」
ギルマスが安心しなさいと言う。
「君たちはご老公様と専属契約を結んだからね。一年間月払いで報酬を受けられる」
「一体いつの間にそんなことに!」
「君たちが着替えている間かな」
ニコッと首を横にかしげた。
「これはギルマス案件だから拒否はできないよ」
「しかし俺たちのパーティーが・・・」
「君たちがルーを構ってる間に二つが合体して、今は仲良く依頼をこなしている」
あいつらぁ! と兄様たちがうなる。
「ごめんなさい、兄様たち。私がしっかりしていなかったばかりに・・・」
「いや、お前のせいじゃない。俺が自分のパーティーをほったらかしにしたからだ」
気にすんなと兄様たちは言うが、やはり申し訳ない。
「しかし、困ったのう」
「ええ、困りましたね」
ギルマスとご老公様がうーんと顔を見合わせる。
「どうしたんですか、兄様たちがなにか」
「そうさのう。はっきり言って、侍従として使うには難がある」
「ご老公様のおっしゃるとおり。侍従として連れて行くのはどうかな」
私がよく意味が分からないと聞くと、お二人は困ったように教えてくれた。
この三人、目立ちすぎるのだ。
「まず人目を引きすぎるんじゃ。もっさりしているから筋肉粒々かと思ったらどちらかと言うと細身じゃし」
兄様たち、細マッチョでした。
「顔も華やかなほうじゃし、かなり目立つのう」
「おまけにぱっと見は美形の優男だが、醸し出す雰囲気は場数を踏んだ戦士。少し腕のある人間が見たら、ただ者じゃないとわかる。そんな侍従が仕えるこの娘は何者だということになる」
ただの侍従としては使えない。傍におくなら納得させるだけの理由付けがなければ。
「困ったのう。美形なのにのう」
「残念だなあ。美形なのにね」
「ご老公様もギルマスも褒めるか残念がるかどっちか片方にしてくださいよ」
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