第36話 いっい湯っ・だ・な ハハハン

 兄様たちとアロイスが連れ出されるのを口を開けて見ていた私だが、ちょんちょんと肩をつつかれて気が付く。


「殿方はあちらに任せて、次はお嬢様の番ですよ」

「お嬢様って、私のことですか」


 初老のご婦人が笑顔でこちらへとドアを指し示す。


「淑女にふさわしい姿にお召し替えを」

「ああ、この服ではレディには見えませんものね。よろしくお願いします」


 ご老公様とギルマスにいってまいりますと頭をさげ、彼女についていく。


「私はルチア・メタトローナと申します。ルーとお呼びください」

「私は侍女頭のセシリアと申します。お嬢様を愛称でお呼びするなどとんでもないことでございます。ご容赦を。ではまず浴室にご案内いたしましょう」



 案内されたのは銭湯ですかというくらい広いお風呂だった。


「皆様驚かれるのですが、こちらはご婦人用。他に殿方用と使用人向けに男女二つの合わせて四つの浴室がございます」

「そんなに! ではこちらで働いている方々も気持ちよくすごせますね」

「代官屋敷にも同じ数がございますよ。非常時には領民はこちらに避難してまいりますから、その時の用意でもございますしね。さ、お召し物をこちらへ」


 すっとどこからか若いメイドさんたちが現れ、私の服を脱がせてくれる。

 知ってる。本当の高貴な方々は自分では何もしないって。

 戦前に宮家に嫁いだ妃殿下が、エッセイの中で足袋のコハゼも自分ではめさせてもらえなかったって書かれていたのを思い出す。

 ここは全てお任せしちゃおう。


 あっという間にスッポンポンにされて、薄いバスローブを羽織らせてもらう。バスタオルじゃないんだ。

 髪を軽くアップにして、湯船へと案内される、が、ゴメン! 無理!

 日本人だもん。いきなり湯船にドボンはできない。

 ちょっと待ってもらって、軽く足を洗いかけ湯をする。

 メイドさんは脱いだバスローブを持って下がっていった。


 広いお風呂を独り占め。

 ああ、最高!

 肩まで浸かって手足を伸ばす。湯船のふちに頭を乗せて天井を見上げる。窓は覗き防止なのかステンドグラスになっている。まだお昼過ぎなのでガラスの色が湯船に浮かんできれいだ。

 落ち着いたところで回りを見回すと、あり得ないものが目に入った。


「うそ。なんでこんなものが・・・」


 浴室の壁には、まごうことなき真白き富士の。松林と沖つ白波。

 まさかの銭湯?


「そちらのタイル絵は先々代様が晩年に作らせたものでございますよ」


 振り向くと若いメイドさんがビキニ姿で控えていた。ペンキ絵じゃないんだ。


「ヒルデブランドは内陸の街。海を見たことがない者も多うございます。災害避難の折りに海の絵をみれば、おびえた心も少しは和むのではとのお心で」

「そうだったのですか。確かに小さなお子さんなどは特に喜びそうですね」


 西洋風の浴室に富士山。そのどうしょうもないアンバランスさに先々代様、絶対趣味で作らせたなと思う。そしてこれを吹き込んだベナンダンティは誰だ。

 拍手してやる。

御髪おぐしを失礼いたしますとメイドさんが私の髪を洗ってくれる。

 楽ちんだ。トルコのお風呂にも全身ピカピカにしてくれる人がいるという。こんな感じなんだろうか。

 髪も体もきれいになって再び湯船に浸かると、この上ない至福のひとときだ。



「失礼いたします」


 応接室の扉が開き、侍女頭のセシリアが入ってきた。


「どうかね、彼らの様子は」

「お嬢様でしたら完璧でございます。入浴の作法も侍女の使い方も。もしかして遠国とつくにの姫君なのではありませんか。とても冒険者になったばかりとは思えませんが」

「そうか。肝の座った娘とは思っていたが、自分の置かれた状況をよく見極めている」

「それに比べて殿方ときたら」


 セシリアがやれやれと首を振る。


「老女に肌を見られた程度でオタオタして。つかえませんわ。侍従役にしたのは正解でございますよ。若い坊やの方はまだ貴族とまではいかなくとも、豪商の息子でやっていけるでしょう」

「手厳しいな、セシリア」

「お褒めいただき光栄でございます」


 ホホホと口に手をあて笑うと、コホンと咳をする。


「それでは、そろそろ支度が整う頃でございましょう。こちらに向かわせてよろしゅうございますか」

「ああ、頼む。楽しみじゃのう。どんな姿になったか」

「仕上げを御覧ごろうじろ、ですわ。楽しみにして下さいませ」


 そういうとセシリアは軽く礼をして部屋を出て行った。

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