第33話 私、知らなかったことを知る
「君は、多分、ブスじゃない」
その表現を使わないようにしていたギルマスが、きっぱりと言った。
「君は一つ所に一年しかいなかった。だからそれを否定してくれる友達を作れなかった。もしいたらそんなことはないと言ってくれたはずだ」
「ったく、しょうがねえなあ」
いいか、とエイヴァン兄様が頭をかいた。
「幼稚園のガキは女の子とみればブスって言うんだ。言わば枕詞だ。誰も本当に相手がブスだと思ってるわけじゃない。ここまでは理解しろ。まず確実に幼稚園時代のお前はブスじゃなかった」
「・・・」
「そして小学校にあがったガキは、好きな子、気になった子にはブスと言うんだ」
「? ? ?」
何を言っているんだろう、兄様は。
「小学生男子の大半が通る道だ。自分を見てほしくて、注目して欲しくてそういう態度をとる。かまってやればそのうち収束するが、無視し続ければさらに肥大する。お前が怒るなり抗議するなりすれば止まっていたはずだ」
「でも、本当のことを言われてるのに怒るなんて・・・」
「だから、それが間違いだったんだって言ってるんだ!」
ディードリッヒ兄様が困った顔で首を横にふった。
「兄さん、それじゃルーが悪いみたいだ。悪いのはからかったガキ共と、それを注意しなかった教師や大人だ」
「わかってる。だが、はがゆくてしかたない」
私、なんで怒られてるんだろう。なんで兄様たちはこんなに怒っているんだろう。私がブスだって事実がそんなに悪いことなんだろうか。
「まだわかっていないようだね。もう一度言うよ。君は醜くはない。流れから考えると、多分十人並み以上、どちらかというと上の方と思われる」
「でも父は・・・」
「ルー、ご両親は君が表面だけを飾る子になってほしくなくってそう言ったんだと思うよ。もし君が学校でそう言われていると知っていたら、別の答えがあったはずだよ」
「じゃあ、ほかの子のお母さんたちが言ってたのは」
「一年しかいない子の親に気を遣う気はないだろうからな。マウンティングか八つ当たりか。子供のお前にそれを言って気晴らしでもしてたんだろうよ。何にせよ真面な大人はそんなことは言わない。いいか、お前はイジメられていたんだ」
そんなこと言われたって、どうしたらいいの。
イジメって、教科書を破られたり机にいたずら書きされたりするんだよね。
私、そんなことされたことないよ。
それに私、ずっと自分がブスだって信じてた。今までブスっていわれてばかりだけど、誰も一度だって可愛いとか、綺麗だとか言ってくれたことがない。
褒められるのは一人で頑張ってること。お稽古ごとの動きが綺麗だってことだけ。
「君は小さいころから一人で頑張ってきたんだね。留守がちのご両親や年をとったおばあ様方に心配をかけまいと何も相談をしてこなかったんじゃないかい」
ギルマスに言われて思い出してみる。
小学校まではどちらかも祖母が一緒に住んでくれて、下校すると学校からのプリントをみせて、習い事に行ってからお夕飯をいただいて、宿題をしてお風呂に入って寝るの繰り返しだった。
学校でのことは、知られたくなかったから話さなかった。
今日はどうだったって聞かれて、楽しかったって言うのが毎日の繰り返しだった。
大抵のことはネットで調べればわかったし、特に聞かなければいけないことはなかったと思う。
思えば私が本気で困憊し誰かに相談したのは、こちらで眠れず現世に戻れないと気付いたあの日だけだ。
「私は思うんだよ。君はちゃんと子供をしていなかったんじゃないかって」
「子供をしていない・・・」
「子供らしく、甘えてわがままを言って、一日遊びまわってお手伝いをさぼって、いたずらをして怒られて、そういう経験をせずにここまできたんだ」
ギルマスは机の上の書類の山から一枚取り出した。
「それは・・・」
「君の不可卒業の証明書。だが、しばらく可への昇進はなしだ」
「ギルマス、それは!」
書類を未決の箱に戻し、手を組んでギルマスが言う。
「まずはあちらで目覚められるようにすること。可への昇進はそれからだ」
「でも、その間何をしたら・・・」
「なんでも」
先ほどまで厳しい顔つきだったギルマスが、元の優しい表情に戻った。
「なんでもやってみるんだ、ルー。遊ぶのもよし、どこかのお店を手伝ってもよし。もちろん何もしなくてもよし。今までしたことのない経験をいっぱいするんだ。そして友達と遊ぶという、これまでできなかったことをしよう。君の人生の幅を広げるんだ。あちらで目覚めたとき、それは必ず君の力になる」
「よっしゃ、それじゃあ俺はお前を甘やかす。欲しいものがあったら言え。買ってやる。して欲しいことがあったらなんでもしてやる」
なんたって俺はお前の兄様だからな、とエイヴァン兄様がニヤリと笑った。
「じゃあ俺も一緒だな。甘やかしたおすから覚悟しろって、おい、ルー、泣いてるのか」
ディードリッヒ兄様に言われて、気が付いたら私の目から涙がポロポロコこぼれていた。
最後に泣いたのは小二のとき。祖母が緊急入院して一人の夜。
大雨と風、雷の中一人で過ごした夜。
泣いてもわめいても誰も助けてはくれないのだと思い知った夜。
今、手が差し伸べられている。それも四本も。
「私たちがいる。できうる限りの手助けをする。今日からはしなくちゃいけないことだけでなく、したいこと、しなくてもいいこともしよう」
ギルマスの言葉に、私はただただ何度も頷いた。
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