第31話 それはとっても大切なことで

「メール、送ったよ」

「・・・そう」


 アロイスが笑顔で声をかけてきた。

 私はなんとなく気が重い。


「どうしたの、ルー。元気がないね」

「うん・・・今日でチュートリアルが終わるんだなあって」


 ああとアロイスが笑う。


「明日から本格的に冒険者だものね。不安にもなるよ。でも、対番としてちゃんと面倒を見るからね」


 安心してと励ましてくれるアロイス。いい人だ。きっとあちらでも友達がたくさんいるんだろうな。そしてモテるんだろうな。

 それに比べて私は・・・ころんで頭ぶつけて意識不明のドジっこだ。

 そして私が滅入ってる理由は明日からの不安なんてかっこいいものじゃない。

 でも、言えない。

 大きくため息をついてタライの中のカーテンをゴシゴシ洗う。

 新しいのをつけるから外すだけでいいといわれたけれど、そこはそれ、日本人的気配りできっちりやらせてもらう。

 家庭科で手でお洗濯してみましょうってやってたからコツはわかってる。洗濯機の使い方を教わる前は手で洗ってたしね。

 足で踏み洗いした方が手っ取り早いんだけど、こちらでは女性は足をみせない。嫁入り前の娘さんがひざ下10センチくらいのスカートを着ているけれど、二十歳近くなると足首くらいの長さになる。

 ズボンをはいている女性は間違いなく冒険者。

 かく言う私もズボンにブーツ、ブラウスにチュニック。明日からはこれに剣が加わる。

 ちょっと怖い。

 よくしぼったカーテンをきれいに畳んでしわをのばす。

 天気も良くていい風が吹いている。

 絶好の洗濯日和だ。



「アロイスがルーにメールを送った」


 いつもの作戦会議。

 今日でチュートリアルがすべて終わったのでまた対番会をと言われたのだが、私があちらで目を覚まして、ちゃんとしたベナンダンティになってからと断った。

 とてもじゃないがお祝いする気になれなかったから。

 だってねえ。


「どうしたんだい、ルー。浮かない顔だね」


 ギルマスがそんな私が気になったのか声をかけてくる。


「何か心配事でもあるのかい」

「ええ、あの、あのですね」


 なんだいとギルマスが促す。


「このままだとアルが私の家族と連絡を取るんですよね」

「そうだね」

「で、最終的に、病院に来るんですよね」

「うん、ちゃんと回復の魔法をかけて、目が覚めるように頑張るよ」


 まかせておいてとアロイスがガッツポーズをとる。


「・・・の」

「なに?」

「いや・・・なの。顔を見られるの、すごく・・・いやなの」


 言えた。

 ちっちゃい声だけど、なんとか言えた。


「そりゃあ若い娘がよだれ垂らしてる寝顔を見られるのはいやだろうさ」

「よだれ垂らしてるなんて見てきたようなこと言わないで! エイヴァン兄様こそそうなんでしょ!」

「じゃあ、なんでいやなんだよ」

「だって、私、私」


 これも言わなきゃダメなのか。でも言っておくべきだよね。

 覚悟を決めて、私はお腹の底から声を出した。


「私、ブスなんだもぉぉぉんっ!」



「あー、えー、その、ちょっと何を言いたいかわからないんだが」

「つまり、自分は可愛くないから、現世でも顔を見てほしくないと」


 私はこっくりと頷いた。

 ディードリッヒ兄様があきれた顔で額に手をあてる。


「何を言うかと思ったら、くっだらない理由で」

「くだらなくないもん! すっごく大事なことだもん!」

「ギルマス、現世の彼女を見ているんですよね。どうなんですか、本当ですか」


 ギルマスはえっえっとと戸惑っている。


「そ、そのだね。ルーの本体は見たことはあるんだが、所作の美しさに見惚れて、その、顔の方には目がいかなかったというかなんというか」

「そんな、身もふたもない」

「す、すまない・・・」


 執務室の何とも言えない雰囲気に、全員押し黙ってしまった。

 一番最初に態勢を整えたのはやはりギルマスだった。


「えーと、それで、どうして自分が、その、そうだと思ったんだい。もしかしたら君の勘違いかもしれないし」


 ギルマス、それも説明しなきゃいけませんか?

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