第30話 覚醒計画、始動!

 シュッと足を前に出し、すぐ元の位置に戻す。

 右に、後ろに、元に戻してバットマン、グランバットマン。

 バーレッスンをいつもよりゆっくりとしたスピードでこなす。 

 誰もいない廊下に移動してのフロアレッスン。

 夜はみんな現世に戻っているから、多少バタバタとしても大丈夫。

 一通り終えた後はもう一つの趣味へ。

 前受け身、後ろ受け身、横受け身。

 入身、転換、回転などの体さばき。

 膝行、運足を黙々と続ける。

 朝はまだ遠い。



 猫ちゃんたちを保護した私たちは、そのまま家の掃除にかかった。

 と言っても、持ち主が時々掃除にきていたらしく、多少の埃はあるけれど特に目立った汚れは見えない。

 だが、そこは「来た時よりも美しく」の日本人。

 お年寄り故届かなかっただろう高いところや、力のいる油汚れなどを重点的に手掛けていく。

 そういえば、はじめて一人で家の掃除をしたときのことだ。

 褒めてもらえるとおもったのに、帰宅した父はいきなり白手袋をはめてドアの上の部分をすっとなぜた。

 そこには灰色の埃がすこーしついていた。

 父はニッコリわらって「次はできるよ」と言ったが、心の中で「ここは自宅だ、船じゃない!」と叫んだ私は小3だったっけ。

 なんだか、この頃、両親のことをよく思い出す。

 あいたいのかな。

 今までどんなに長く会えなくても、そんな気持ちにはならなかったのに。


「まあ、見違えるようだわ」


 開けっ放しのドアから若い女性が現れた。


「はじめまして。ルーちゃんね。私、このお店の新しいオーナーよ」

「あ、はじめまして。ルーです」


 本当は全部終わってから来た方がいいんだけど、楽しみでつい見に来ちゃったと笑う。


「大体終わって、後はもう一度仕上げをします。いかがでしょうか。なにか気になるところはありますか」

「とんでもない。これならすぐに開店準備が始められるわ。ありがとう。あなた、なんでも出来てなんでも早いのね」

「得意なものだけです。これから魔法も討伐も一から覚えなければいけないので、ちょっと心配なんです」


 あなたならすぐに上手にできるようになるわよ、とオーナーは私の肩を叩いた。


「そうそう、ギルマスから伝言を預かっているの。今日の仕事が終わったら来てほしいって。対番の君も一緒にね。伝えたわよ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「あと少しだから、がんばってね」


 お店が開店したらお礼にご馳走するから来てねと言ってオーナーは帰っていった。



「全員集まったな。では作戦会議を始めよう」


 ギルマスの執務室にいつものメンバーが集まった。ご老公様はあちらの世界のことは知らない方がいいと言われて不参加だ。


「調べたところ、やはりルーは自動車事故に巻き込まれて意識不明になっている」


 ただし外傷はなく、目が覚めないだけだという。


「自宅近くの総合病院に入院していて、おばあ様たちが付き添ってくれているよ。ご両親は・・・」

「わかってます。海外へ航海に出ているから、帰国するのは秋になってからです。でも連絡はついていると思いますよ」


 長期海外航海中のファミリーサポートはしっかりしている。それより外傷がないのに意識不明ってどういうことだろう。


「そのことだが、聞きたいかい?」

「聞きたいに決まってるじゃないですか」


 ギルマスは仕方がないという顔で話し始めた。

 おばあさんとベビーカーを引き寄せ、軽トラから救った私は、そのままおばあさんと一緒に後ろに後ろ向きに倒れたのだそうだ。そして後頭部をしたたかに打ち付けて動かなくなった。

 おしまい。


「ちなみにおばあさんがおしていたのはベビーカーではなく、シルバーカーと言ってお年寄り用の手押し車だった」

「・・・恥ずかしい。ひかれてないのに意識不明なんて。あ、でも赤ちゃんいなかったんですね。よかった、ケガとかしなくて」

「喜ぶとこ、そこ?」


 ギルマスが何枚か紙を出してきてアロイスに見せた。


「彼女の入院している病院はここ。行けるかい」

「大丈夫です。近くまで行ったことがあります。それとルーとどこで知り合ったか説明しないといけないんじゃないですか」

「それも考えてある。君たちはオンラインゲームで知り合ったゲーム仲間ということにする」


 あまり有名じゃないけど課金なしの優良ゲーム。私とアルはそこで知り合って、時々オフ会でも会っている。次のオフ会の連絡を取ろうとしたら返事がない。心配して自宅に電話をしてきた。

 そういう感じで私の家族との接触するらしい。


「ゲームの設定はこの世界をそのまま使う。ゲームの内容を話すときに無理がないからね。それとルーの自宅の電話番号を知ってるくらいだから、学校名なんかも知っておいた方がいい。あと家族のことなども」

「学校って、ここバリバリのお嬢様学校じゃないですか。文化祭とか体育祭とか、家族でもチケットがないと入れないくらい」

「あー、私、中学からの外部受験だから、お嬢様じゃないよ。本物は幼稚園から通ってるし」


 アロイスのお嬢様説を否定させてもらう。

 ずっと通ってる子たちって、もう話し方とか雰囲気とか全然違うんだよね。

 私みたいなの並べたらだめだ。

 彼女たちが素敵だから、あんな風になりたくてがんばってるところ。


「じゃあ、アロイスは戻ったらすぐにルーにメールを送ってくれ。それを日にちをあけて3回くらい。それで一週間以内に接触するようにしよう」

「頼んだぞ、アル」

「任せてください。ルー、頑張ってくるからね」


 ありがとう。

 私なんかのために。

 がんばって、目を覚ます努力をしよう。

 で、どうやって?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る