第29話 猫をかんぶくろに詰め込んで

 さて、現世において意識不明の重体であるらしい私は、今日も元気に最後のチュートリアルに取り掛かろうとしている。

 冒険者の依頼の中の華。『討伐』だ。

 なのに・・・。


「『平屋一戸建て。内部に住み着いた猫ちゃんたちを保護の上、住居内を生活可能な状態にする』。ねえ、これ討伐のチュートリアルなのよね?! 間違ってないわよね?!」

「間違いないよ。これが今回の依頼」

「おかしい。おかしいわ」


 討伐っていえばゴブリンとかオークとか一角うさぎとかと戦って、証拠の品を取ってくるってやつじゃないの。それがなぜ猫の保護。


「じゃあ聞くけど、君は今まで生き物を殺したことがあるの?」

「・・・ないけど」

「せいぜい蚊をつぶすとか、おっきいGを倒すとかその程度でしょ? 」

「そうだけど・・・」


 刃物は包丁かハサミしか扱ったとがなく、まして生きた魚をさばいたことのない人間にいきなりは無理。

 そういうのは冒険者になってから、対番や先輩に少しづつ教えてもらうんだそうだ。


「それだって最初は見てるだけ。実際に手をだせるのはかなり後にあってからだよ。まずは解体で慣れてからだね。・・・命を奪うって、結構きついよ」


 たとえそれが害になるもの、自分たちの命をおびやかすものだとしても。僕はまだまだ慣れないんだとアロイスが悲しげに笑った。


「ちなみに僕の時は地下下水道を掃除しながらネズミを3匹捕まえるだったよ」

「それはそれでイヤかも」

「うん、掃除はともかく、ネズミを捕まえるのに2週間かかった」

 川で食べられる魚10匹釣ってこいっていうのもあったらしいよって、そっちのほうがよかった気がする。



 今回私が担当する家は、もともとは茶店、喫茶店のようなお店だったらしい。

 跡継ぎがいなくて閉店したが、お孫さんがぜひやりたいとのことで、今回はそのお手伝い。

 お店の前に着くと、エイヴァン兄様とディードリッヒ兄様が待っていた。


「今回は手伝わない。だが、一応経過確認だけしようと思ってな」

「これが終わったら正式な冒険者だ。どういう方向に進むかそのあたりを見極めたい」


 つまり、見に来ただけってこと。

 面白がってるな、兄様たち。

 野次馬の兄様たちはほっておいて、まずは計画をたてる。

 猫を捕まえながらの掃除はむずかしい。

 だからまずニャンコを捕まえる。

 掃除はその後だ。

 逃げられないように逃走経路を遮断する。

 そして一網打尽は無理でも、一匹づつ確実にしとめる。

 家の前には大きな檻と虫取り網が用意されていた。


「ではやりますか」


 アロイスと二人で中に入る。

 まずは入り口をしっかり閉じる。

 兄様たちが見やすいように、大きな窓を軽く拭く。

 まずは中にいる猫の数と間取りを確認する。

 奥の居住区間をひとつづつまわる。中に猫がいないのを確認してからドアを閉める。

 全ての部屋を確認したがどこにも猫は見かけなかった。


「変ねえ。さぞかし猫屋敷になっていると思ったのに」

「文字通り猫の子一匹いないね」


 おしゃべりしながら最後に残った厨房の扉を開ける。


「・・・いた」


 暗い厨房の中。無数の目が光っている。

 一体何匹いるの? 恐る恐る足を踏み入れ灯をつける。


「ミャア」「ミャア」「にゃーん」


 部屋が明るくなると先程までのおどろおどろしい雰囲気は消え、可愛らしい猫ちゃんたちがそこここに丸くなっていた。


「か、かわいい。なんなの、この集団」

「感激しているところ悪いんだけど、早く依頼にとりかかろうね」


 ウルウルしている私に仕事をしろとアルが言う。わかってるってば。とにかくこの子たちを捕まえなくちゃ。

 逃げられないようにソロソロと近づく。


「逃げないでね。いじめないから、安心してね」


 一番手近の猫ちゃんに手を伸ばす。逃げない逃げない。


「にゃーん」「ゴロゴロ」


 そのコがピョンと私のひざに飛び乗った。


「ミャアミャア」「にゃあにゃあ」


 するとそれを合図に猫たちが私に近寄ってきて、争うように体をすりつけてくる。


「何があったの、これ。やたら人懐っこいんだけれど」

「よくわからないけれど、とにかくこのコたちを檻にうつそうか」


 大勢の猫たちを用意された檻に入れていく。猫は私にまとわりついているので、私が先に檻の中に入る。

 すると猫ちゃんたちは自発的に檻に入ってくれる。

エイヴァン兄様とディードリッヒ兄様が窓越しに口をあんぐり開けてみている。

 私たちはあっけなく猫を捕獲し、檻ごとギルドに引き渡してチュートリアルの半分を終えることができた。

 せっかくやる気満々で建てた計画は無駄になったけど、仕方がない。明日からは家の清掃だ。



「ビー、ルーが猫の捕獲に成功したらしいが、あまりに早すぎる。何かしらないかい」

「さあ、猫ちゃんに好かれる体質なんじゃないですか。なんにしても早く捕まえられて良かったですね」


 ギルマスは怪訝な顔で案内人を見たが、フッと苦笑いをして言った。


「そういうことにしておこうか。だが、こういうのはこれっきりにしておくれ。信用にかかわるからね」


 はぁいっと返事をしたビーはなんでバレたんだろうと肩をすくめた。

 肩を叩いておくりだすとき、さりげなくマタタビの粉を大量にふりかけたんだけど。

 そのくらいのズルは許されるわよね。

 なんたってあの子には今年の新人王になってもらいたいもん。 

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