第28話 二つ名の理由 そしてやっぱり最速でした
「まさか、ブラッディ・ジンかっ!!」
「いやゃゃあぁぁぁぁっ! なんで知ってるのぉぉぉぉぉっ?!」
なんで! なんでギルマスが私のこと知ってるの?!
うそでしょ、嘘よね?!
「ギルマス、そのブラッディ・ジンってのなんですか」
「ああ、彼女はとある武道経験者でね」
私はクラシックバレエを13年習っているが、武道も同じくらいの期間習っている。
引っ越ししてもお教室を変えながら続けてきた。
中学に入って部活にその武道があると知って、嬉々として入部した。
「知り合いが同じ武道の教室を開いていてね。子供たちの付き合いで何度か試合を見に行ったことがあるんだ」
彼女は有名人だよとギルマスは続ける。
「技はしっかり決めてくるし、なにしろ強い。そして戦っているときの所作の美しいこと。舞うような動きは素人目にも惚れ惚れしたよ」
「その美しい動きとブラッディ『血まみれ』なんて二つ名がどう結びつくんですか」
ギルマスがチラッと私を見る。
「少し前の大会の決勝のことだった。彼女は・・・」
「相手を血まみれにしたんですか!」
「してませんっ!」
突っ込んでくれるディードリッヒ兄様に即答で否定した。
「あー、試合中に彼女の足の爪がはがれたんだよ」
「足の爪・・・痛いな」
「当然畳の上は血だらけで、試合は中断すると思ったんだが、彼女は顔色一つ変えることなく続行した。そして、勝った」
試合中のことはよくおぼえていない。
とにかく勝つことしか考えてなかったから。
仕舞いの礼をした後で、親指がめっちゃ痛いことに気づいたんだ。
「そんなわけでついた二つ名がブラッディ・ジン『血まみれのジン』。もちろん敬意を込めてだよ」
「・・・どこに敬意なんてあるんですか! 悪意の塊じゃないですか!」
「いやいや、あれくらい集中力と戦意を持って立ち向かおうということで、はがれた君の爪、どこかの団体のお守りになっているよ」
「もっといやあぁぁぁぁっ!」
アロイスがよしよしと慰めてくれるが、傷ついた心は癒えない。知られたくなかった私の正体。
「ところでギルマス、ブラッディの意味はわかったが、ジンというのはどこから来たのかね?」
「ああ、それはですね」
ご老公様の質問にギルマスが説明する。
私の名前は『佐藤 仁』。
これで『さとう めぐみ』と読む。
とうぜんだけど、普通の人には読めない。『ひとし』か『じん』にきまっている。
そしてこの漢字のせいで『長男』で出生届だされそうになったり、病院のカルテに『長男』と書かれたりしたんだ。
名前はともかく、この漢字、嫌いだ。
「一つの文字にいくつも読み方があるのか。難儀な世界じゃな」
「文字だけで三種類もあるし、漢字なんて何万もあるし、組み合わせしだいで全然違う読み方になったりするし、漢字のテストが大嫌いでした」
「漢字のテストが好きだった奴なんか少ないぞ」
「百字帳とか毎日100字の書き取りの宿題があったしな」
エイヴァン兄様とディードリッヒ兄様が嫌な顔して同意する。
いつの時代もいやな宿題ってあったのね。
アロイスが小さな声で100マス計算好きだったって言ってるけど無視しよう。
「そういうわけで、彼女の通っている学校は知っていますし、あとはどうやって接触するかですよ、ご老公様」
「そのあたりはワシでは手は出せないのう。ギルマスにお任せするとしよう」
◎
話し合いを終えた私たちは、また馬車に乗って領主館に戻った。
このままギルドにいても良いといわれたが、やはり最後までちゃんとするべきだと思ったから。
代官屋敷の向こうの館の入り口で執事のモーリスさんに引き継ぎをする。
一瞬なんとも言えない顔をしたが、すぐに穏やかな表情に戻って「おかえりなさいませ」と頭を下げる。
ご老公様もこれまたつまらなそうな顔で依頼書にサインをする。
「ルー嬢ちゃんよ、お主、空気を読むという言葉を知っておるか」
「? 知ってますけれど?」
「では、たまには実践してみるとよいぞ。今日は護衛を感謝する」
そういうとご老公様はプイッと館の中に入ってしまった。
残された私は何のことかわからずモーリスさんを見る。
「ご心配には及びません。ご老公様はご自分の思った通りに事が進まなかったのでへそを曲げてらっしゃるだけです。明日にはご機嫌がなおりますよ」
「・・・でも・・・」
「モーリスさんの言う通りだよ、ルー。ご老公様はご自分も護衛のチュートリアルで
「楽しみ?」
護衛は送り迎えでワンセット。だが、送ったところで「人に送ってもらうから帰っていいよ」というのがお約束。
そしてダメ出しをされた
「つまり私はー」
「街のみんなの楽しみを奪っちゃったわけ」
「そして今回も最速でチュートリアル達成ですな」
そんなアホな。
「ご老公様はチュートリアルに乗じて若いお嬢さんとお出かけしたかったのですよ。それが一日目でおしまいになってしまいましたからね」
「なんか理由をつけて伺えばすぐご機嫌もなおるよ」
と言われても、私のやらかしちゃった感は半端なく、うわあぁぁとその場で頭をかかえてしゃがみこむのだった。
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