第21話 お弁当ウォーズ 幼稚園児はピーマンの夢を見るか
「おはよう、ルー。昨日はお疲れ様」
「おはよう、あたらしいチュートリアルかい」
街の人が親しげに声をかけてくれる。
昨夜の大騒ぎが嘘のような爽やかな朝だ。
「違うのよ、おじさん。昨日は道じゃないところを通っちゃったから、もう一度しっかり歩いて街の中を覚えなさいってギルマスが。配達しながら復習しているところなの」
「おたくのギルマスはそういうところしっかり決めてくるなあ。だから俺たちも安心して依頼を出せるんだよ」
「がんばれよ。疾風のルー」
「やめてよぉ、それ言われたら私、ゆっくり歩けないじゃない」
そりゃそうだ、と笑い声があがる。昨日の出来事で、私はすっかり街に受け入れられたようだ。
それはそれとして・・・。
◎
「ギルマスぅぅぅっ! 助けてくださーいっ!」
ギルドの門が開くと同時に、私はギルマスの執務室に飛び込んだ。
「どうしたんだ、ルー。そんなにあわてて」
「どうしよう、どうしたらいいのっ!」
「落ち着いて。とにかくゆっくり話してごらん」
グズグズ泣く私を椅子に座らせて、ポケットから出したハンカチで涙を拭いてくれる。
「想定外です。こんなことになるなんて!」
「ギルマス、ルーが大変だって下で聞いたんですが、なんで泣いてるんだ!」
「アルぅ、私、どうしていいかわからないの・・・!」
飛び込んで来たアロイスの姿に、止まりかけた涙がまた溢れてくる。
泣き止まない私をギルマスとアロイスが挟むように座る。
「一体何があったんだい。泣いてばかりではわからないよ」
「そうだよ。とにかく話して。力になれるかもしれない」
私は鼻をズズっとすって、なんとか声を絞り出した。
「私、昨日、寝られなかったんです」
ギルマスとアロイスが息を飲むのを聞いて、私の目からまた涙が溢れてきた。
◎
「寝られなかったって、ずっと起きていたってことかい?」
「そうなんです。お布団に入って目をつぶっても全然ねられないんです。羊だって白いの千匹、黒いの六百匹かぞえたのにぃ」
二人は顔を見合わせた。
「寝たらこっちに来て、こっちで寝たらあっちで起きるんですよね? こっちで寝られない私、あっちでどうなってるんですか」
「そう言われても、今までなかったことだよ。私もそうだが、アルもちゃんと寝てあちらに戻っている」
「じゃあなんでこんな! こんな・・・幼稚園でお弁当戦争に巻き込まれたとき位のパニックですぅぅ!」
「そんな大げさっていうか、なんで幼稚園なの」
「アル、幼稚園のお弁当カーストを甘くみちゃダメ!」
幼稚園のお弁当で一番偉いのは野菜と肉と魚のバランスが取れたもの。その中でもキャラ弁が一番もてはやされる。
飾り切りやらキャラの再現とかで手間がかかるからね。それだけ子供に手をかけているって証明にもなるし。
一番嫌われるのは単品ものかな。パスタとかオムライスとか。
次に笑われるのは普通のお弁当。
お弁当箱の中に整然と面白味もなく詰められたの。
まあ、おばあちゃん子の私は、そのつまらないお弁当組だったんだけどね。
時々お母さんたちによるお弁当チェックとかあると、陰でコソコソ言われるわけだ。
騒ぎはそんな中起きた。
その時の私のお弁当は、ご飯の上にピーマンを敷き詰めたもの。
そこに飾り切りもしていないニンジンのグラッセがゴロゴロ。
私の大好物で久々の母の手作りだった。
子供の嫌いなものてんこ盛りのお弁当に、友達は私が母から嫌がらせされていると思ったらしい。
自分のおかずをわけてくれる子、食べるの少し手伝ってあげるという勇者。
今思うと優しい子ばっかりだったなあ。
それで勇敢にも私のピーマン弁当を食べた子が、一口食べて「おいしい!」って言ったんだ。
その子はピーマン大嫌いな子だったのね。それがお替り要求したものだから、ほかの子たちもチャレンジして、そして私のお弁当がなくなった。
わけてもらったからいいけど。
それだけならいい話で終わったんだけど、おうちに帰ったお友達がピーマンを食べられた、おいしかったって親に言って、喜んだ親が出したピーマンは何時も通りおいしくなくてという修羅場があったらしい。
で、その月の保護者会で、たまたま休みが取れて、参加した母が総攻撃を受けた。
「これ見よがしに子供の嫌いな物を持たせるなんて」
「これだから働いている人は」
はっきり言って八つ当たり。
そして母は受けて立っちゃったんだ。
「貴様ら、子供が食べられないものを作るくせに、何を甘ったれたことを言っているか! 自分たちの腕のなさ、工夫のなさを人のせいにするな! 文句があるなら、私の言う通り作ったものを食べてから言え! 総員、速やかに家から材料と卓上コンロを持ってこい! フライパンも忘れるな!」
いや、本当にこう言ったのよ。なんで知ってるかというと、議事録用の録音聞いたから。
その日の大調理大会の結果として、母は保護者のお父さんたちからは姐さん、お母さんたちからはお姉さまと呼ばれるようになった。
ピーマンは今でも私の大好物。自分でも時々作ってる。
「そのピーマン、僕も食べてみたい」
「うん、チャンスがあったら作ってあげる・・・じゃなくてっ! それくらいお弁当カーストは過酷なのよ。次の幼稚園は給食でお弁当は週一だったから、お母さんたちも張り切っちゃって大変だったのよ。大人対園児じゃ太刀打ち出来ないし、この世からお弁当がなくなれば、世界は平和になるって信じてたわ」
バンッとギルマスが手を叩いた。
「大分話が脱線したが、君がとんでもなくパニックに陥っていることはよくわかった」
「・・・すみません」
「謝らなくてもいい。それで、少しはおちついたんじゃないかい」
そういえばお弁当の話をしていたら、なんだか最初の興奮してグルグルと荒れた気持ちがなくなっていた。不安な気持ちはまだあるけど。
「とにかく原因が何か、考えられる原因をひとつづつ挙げていこう。まず、君が白い部屋にくる前、何をしていたかだ」
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お読みいただきありがとうございます。
偶数日の朝の更新を目指しています。
次回は九月二日の予定です。
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