第22話 庭仕事はたのしい 腰いたくなるけど
「君が白い部屋にくる前、何をしていたかだ」
ギルマスに言われて、改めてここに来る直前のことを思い出してみる。
突っ込んでくる軽トラ。
その進行方向にいたおばあさんとベビーカー。
おばあさんの手とベビーカーをつかんで私の方へ引きずり寄せた。
そこまでは覚えている。
「車にぶつかったわけではないんだね?」
「特に衝撃とかなかったと思いま・・・あ」
「何か思い出したかい」
「私の前を軽トラが通り過ぎて行ったんです。だから、ああ、おばあさんも赤ちゃんも助かったって思って・・・気が付いたらアルが目の前にいたんです」
「なるほど」
うーんとギルマスがうなって黙ってしまった。
「ルー、今日のところはチュートリアルの続きをしてくれないか。ここにいても不安がつのるだけだ。体を動かして疲れさせて、なんとか寝られるようにしてみよう」
「はい・・・」
「昨日は走り回って街の中をよくみていなかっただろう。今日は通常の配送を手伝いながら、もう一度街を観察するといい」
と、いうわけで、ただいま配達屋さん業の真っ最中です。
◎
配達を終えてギルドに戻る。
昨日は屋根の上を歩いていたからよく見えていなかったけど、このあたりは二階建てプラス屋根裏部屋、それに、屋根にメンテナンス用の小さな出入口という作りの家がほとんどだ。
家と家の間は詰まっていることが多く、小さな中庭で洗濯物を干したり、花壇を作って楽しんだりしている。
だから屋根伝いで移動ができたのだけれど。
ふと見上げると見覚えのある屋根。
そうそう、ここだったっけ、アルの対番さんが落ちたのって。
「って、なにやってるんですか?!」
「お、おう」
柵の向こう。庭の中に屋根から落ちたディードリッヒがいた。
「ごきげんよう。どうしたんですか、こんなところで」
「え、ああ、まあ、そのな」
昨日屋根から落ちた時、この家の娘さんが丹精込めた花壇を全滅させてしまったのだとか。
「だから修復作業をしている。ギルマス命令で昨日関わったメンバーは、全員今日一日は街でボランティア活動だ」
「そういえば・・・」
街中にやたら冒険者の皆さんがいたような気がする。主に清掃とか修繕とか。
「そういえば今日はアルはどうした」
「ギルドでギルマスと二人で頭かかえてます」
私はディードリッヒに今の状況を話した。
「と、いうわけで、私、あちらに帰れてないんですよ」
「そりゃまた難儀なことだな」
庭仕事に不慣れらしいディードリッヒを手伝って、潰れた花をどかし、新しく花屋で買ってきたものを植える。
ザッパな性格の彼は、配色やバランスを考えず適当に植えようとする。
ダメだろ、それ。もっと女の子が喜ぶ配置にしないと。
「プレゼントは相手が喜ぶ顔を思い浮かべながら選ばないと。適当に植えられた花を見たら、泣きますよ、恨みますよ」
「そんなハードルの高い技なんて使えるか。新しい花を買ってきただけ褒められてもいいはずだ」
「確かにそこは偉かったですねー。よしよし、いい子いい子」
「・・・馬鹿にしてるんだよな、そうだよな」
「そんなわけないじゃないですかー」
大まかな作業を終えて腰を伸ばす。首をまわしてこのコリを取る。
同じように背伸びをしながらディードリッヒが言った。
「しかし、あれだろう。お前、本当は寝られないことが不安なんじゃなくて、戻れないことが不安なんじゃないか。本当は自分は死んでいて、ここで一生を終えるんじゃないかってな」
「そう、かもしれません。だってここが夢の世界だって実感できないんですもの。一度あちらに戻れればきっとこちらも受け入れられるとおもうんですけど」
「ここにいるってことは、あっちでは寝てるってことだ。いくらなんでもいつまでも寝っぱなしってことはないだろう。そのうち目が覚めるんじゃないか」
「だったらいいんですけどねえ。あ、その花まだ生きてますよ。後で植えなおしてください」
ディードリッヒの作業を手伝いながらそんな話を続けていると、家の中からお茶にしましょうという声がかかる。
ちょうどいい頃合いなので、私はそこで失礼してギルドに向かった。
そして、その夜、やっぱり私は眠れなかったのだ。
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