第17話 ゴールだよ、やっとだね


 えーと、今日何度目かのどうしたらいいのかな。

 目の前の見上げるほどの大男。私のチュートリアルを邪魔しまくってる集団のトップらしい。

 それがなにやらほんのり頬を染めて、私の両手を握ってじっと見つめてくる。

 はっきり言って、気色悪い。


「質問の答えを。ご趣味は何を?」

「か、体を動かすことと、読書・・・」

「お好きな飲み物は?」

「ギンギンに冷やした水かな?」

「お好きな食べ物は?」

「ウィスキーで下味つけた唐揚げ・・・って、なんなのっ?!」


 あまりの気色悪さに、握られている手を振りほどこうとする。が、がっちり掴んで離さない。


「私の邪魔をするんじゃなかったの」

「だからこうして邪魔している」

「これじゃ、まるでお見合いじゃない!」

「仕方ないだろう。怪我をさせるなって言われているんだ。足止めするにはおしゃべりで時間潰すしか・・・」

「なにそのお手軽な引き延ばし作戦! とにかくこの手を離して!」

「駄目だ。手を離したらギルドに飛び込むつもりだろう。それに女の子の手を握れるなんてこの先・・・」

「はあっ? 何考えてるのよ!」

 ・・・さぶイボがわいてきた。

 ここは多少手荒い方法を使ってでも逃げ延びるしかない。 私はサッと背筋を伸ばし、顎を引き肩を下げる。


 「一番のポジションからの~」


 右足をスッと前に出す。上半身を極限まで折り、思い切り足を後ろに振り上げる。


「グランバットマン!!」

「グハッ!」


 つま先が気持ちよく大男の喉に入った。

 クラシックバレエ歴13年をなめんな。開脚180度以上は自慢だぜ。

 新体操部のコーチが「その筋肉の筋さえなければねえ」と言って勧誘されなかった歴史は封印したい。


「すげぇ・・・」

「あんな戦い方もあるんだ・・・」


 戦い方もなにも、足で蹴っただけです。

 崩れ落ちながらも手を離さそうとしない大男の手をクルリとひねって、その辺に転がす。

 袈裟懸けにしたバックの位置をなおす。

 アロイスは頭を軽く振って立ち上がっている。

 広場の教会から重い鐘の音が響いてきた。


「夕五つの鐘だ。走れ、ルー! 鳴り終わる前にギルドに入るんだ!」

「わかった!」


 走る、走る、走る。

 二つ目の鐘がなった。

 街の人たちが「行けー」とか「頑張れ-」とか声をかけてくれる。でも、それに応えている時間はない。

 三つ目の鐘がなった。

 広場の入り口に着いた。ギルドはどこだっけ。

 キョロキョロしていると、「こっちよ」「右、右」と皆さんが指さしている。

 そちらの方へ向かって全力で走る。

 そして四つ目の鐘が・・・ならない?


「鐘つき坊主はーおさえたー! 今のうちにーギルドに入ってー!」


 教会の塔の上から、きれいな声が降ってくる。冒険者のお姉さんだ。

 そっか、冒険者全員が敵ってわけじゃなかったんだ。

 私、すっごい支えられてる。

 助けてもらってる。

 応えなくちゃ。

 大きく深呼吸する。

 みんなが指さしている場所に飛び込む。

 背後で大きな歓声と拍手が沸いた。

 私、やり遂げた、らしい。



 捕まえたと思った。

 夕五つの鐘の二つ目位で離せば、余裕でギルドへ着くことが出来る。

 それまで適当な会話で引き延ばす。

 なのに、彼女は強硬手段に出た。

 いきなり喉を蹴られた。その足はどこからきた。

 握っていた手を離すまいとしたのに、気がつくと道に転がさせていた。

 走り去る彼女の背中が見える。

 このまま寝っ転がって終わりにしてもいいが、それじゃあ格好がつかない。

 最後まで彼女を追う『ふり』をする。

 鐘がなる。

 一つ、二つ、三つ。

 四つ目の鐘がならない。

 鐘つき坊主、懐柔されたな。

 走れ。

 あと少しだ。

 ギルドの扉をくぐればゴールだ。

 広場は人でいっぱいで、花道のようになっている。

 彼女はその間を駆け抜け、観音開きの入り口に飛び込んでいく。

 直後、大歓声があがった。


 で、その後だ。

 全員が俺の事を見ている。

 先ほどの騒ぎはどこへやら、あたりは静まりかえっている。

 俺がどう出るかを待っているんだろう。

 そうだよ。

 俺がこの騒ぎの幕引きをしなくちゃなんねえ。


「テーブル」

「は?」

「テーブルと椅子だ! それと、酒と肴。目一杯もってこい!」


 まわりの連中は何言ってんだって顔をしている。俺は全員に聞こえるように大声を出す。


「最速記録達成祝いの宴会だ! 俺のおごりだ! さっさと用意しろ! 今夜は無礼講だ。資金が足らなきゃ借金だ!」

「おおっ! 太っ腹!」

「いいぞ、旦那!」

「それでこそ漢だ!}


 最後くらい、格好つけさせてくれよ。

 その日、ヒルデブランドの街に夕五つの鐘の四つ目がなることはなかった。

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