第10話 屋根の上のおいかけっこ

 屋根の上をおっかなびっくりで進んで行く。

 家と家の間があまり離れていないので、注意してピョンと飛び移れば簡単に隣の家の屋根に行ける。

 でも、手すり代わりのものがないので、おしりのあたりがゾワゾワして怖い。

 地上では冒険者の皆さんが私を捜してウロウロしている。

 気づかれないよう静かに歩く。

 あと数軒先にお屋敷街とおぼしき景色が見えてきた時、後ろから大きな声がした。


「よく来たなあ。だが、ここまでだ、お嬢ちゃん」


 ニヤリと笑って、大きな刀を担いだ男が危なげない足取りで近づいて来る。

 私は急いで次の屋根に移ろうとして、隣家との間が飛び越えるのには難しい幅なのに気がついた。


「さすがにその距離だと飛び移れないよなあ。諦めてこっちに来てもらおうか」

「おことわりよ。私は絶対あきらめない」


 私はジリジリと屋根の端ギリギリに移動する。屋根から屋根は無理でも、木でも塀でも飛び移れないか探す。諦めたら終わりだって、誰かも言ってたじゃない。


「こっちこっち! 遅れてごめんなさい」


 声の方を向くと、エプロン姿のおばさんが屋根から屋根へと板を渡している。


「押さえているから、急いで!」

「ありがとう、おばさん!」

「いかせるかあっ!」


 板橋の半分まで渡ったところで、男が追いついて私の手を捕まえる。


「逃がすか! 諦めろっ言ってんだろが!」

「だから、いやだって言ってるでしょ! 離しなさいよ!」

「たかがチュートリアル、なに真剣になってんだよ!」

「チュートリアルだから真剣なんじゃない!」


 ちっちゃい頃からいくつか習い事してて、すぐにわかったことがある。

 基礎を疎かにすると、あっという間に伸びなくなっちゃうんだ。

 最初は基本の動きを繰り返すのがつまらなくて、テクニックばっかり追ってたっけ。

 でも、ある日気がついた。

 お兄さんお姉さんたち、基礎練習からしっかりやってる人と、いい加減にやってる人では動き方が違うって。

 だから、騙されたと思って基礎練習に力を入れたら、ビックリするくらい動きが変わっていった。

 それ以来私は学校でも習い事でも、基礎の基礎っていうのを大事にしている。

 今の私は良く理解は出来ていないけど、まがりなりにも冒険者ギルドにお世話になることになった。

 そのギルドがチュートリアルで基礎を教えようとしてるんだもの。


「真剣にやるに決まってるでしょぉぉっ!」

「くっ、暴れるな! このっ!」

「おまわりさん! アイツです!」


 ガチャンと音がして、私を捕まえていた男の手が止まった。


「少女誘拐未遂と拉致監禁未遂、並びに家宅侵入の現行犯で逮捕する!」

「え」


 男のむこうにかっこいいマントとベレー帽のお兄さんがいて、男の手に木で出来た手錠のようなものをはめていた。

 下を見ると同じ服を着た人たちが、冒険者の皆さんを捕まえて縛り上げている。

 あちらこちらで「誘拐幇助!」とか「家宅侵入!」とか「器物破損!」とかいう声があがっている。

 屋根の上にいる私を捕まえようと、他人の家の塀やら屋根やらに登っていたらしい。


「市民の皆さんからの善意の通報がありました。後ほど事情聴取にご協力をお願いします」

「早くこっちにいらっしゃい!」


 おばさんに手招きされ、急いで隣の屋根に移る。


「危なかったわね。怪我はない?」

「ちょっと痛いですけど、大丈夫です」


 捕まれた腕をさすりながら答えると、おまわりさんのお兄さんが、眉をひそめる。


「なに、傷害も追加か」

「そんなに強く掴んでねえよ!」

「暴れると公務執行妨害もつけるぞ」

「あ、アブナイ」


 思わず棒読みになった。

 だって、あの人おまわりさんから逃げようとして、見事に足を踏み外したんだもん。

 当然のように屋根から地上まで一直線に落ちていった。

 おまわりさんは直前に手錠を手放して無事だった。


「大丈夫かしら。下は花壇だけど」

「大丈夫ですよ。下にいる仲間が捕獲しますから」


 落ちていくときにチラッと白いピアスが見えた。

 ベナンダンティの人だ。

 死ぬことはないだろう。

 ウン、ダイジョウブ、ダイジョウブ。


 チーン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る