第9話 この街の皆さん、親切な人ばかりだな

 ディフネさんの酒場の窓の外。

 向かいの店の角、横丁の隅。数人の男の人たちが隠れるように立っている。めちゃくちゃ怪しい。


「あんたがここから出たら、難癖つけてどこかに監禁するつもりだよ。そして明後日あたりまで出さないはずだ。あんたが記録更新できない時間までね」

「最短記録ってそんなに大事なんですか」

「大事なのは記録じゃなくてプライドだよ。ポッと出のお嬢ちゃんに記録を破られるのが悔しいだけさ。馬鹿じゃないかね。自分たちだってそうやって一人前になったって、忘れてるんじゃないかい」


 あいつらしばらく出入り禁止にしてやろうかね。ディフネさんはそう言って鼻で笑った。


「さて、あんたの対番が表にいるから、あんたはまだ中にいると思われてる。今のうちに裏から出て、代官様のお屋敷に向かうんだ」

「でもアルが・・・」

「あたしから説明しておくよ。あんたを探さずに代官様のところに行くようにね。あんたはとにかく代官様のお屋敷を目指すんだ。わかったね?」


 コクンと頷いて、私はディフネさんに聞く。


「対価なしでこういうの教えちゃいけないんですよね? アルを外に出したのって、それを知られないためですか」

「まあ、そうだね」

「だったら、これ、受け取ってください」


 私はラスさんのキャンデーを1つ押しつけた。


「対価です。ルール違反じゃないです。これでディフネさん、大丈夫ですよね?}

「まあ、そう、ふふ、確かに、対価を受け取ったよ。さあ、行きな。捕まるんじゃないよ」


 ディフネさんはそう言って北の方向を指さした。


「いろいろありがとうございました。いってきます!」

「ああ、がんばっといで!」


 酒場の裏の道を小走りに北上する。もうすぐ大通りというところで、何人かの男の人が立ち塞がる。


「ここは通行禁止だ。よそをまわりな」

「それとも俺たちと少し遊ぶか」

「どっちもいや!」


 どうやってここを抜けよう。

 ニヤニヤ笑いの男たちとにらみ合うこと数秒。突然横の家の扉が開いて、私は中に引きずり込まれた。


「危なかったわね。こちらにいらっしゃい」

「なななななな、なになになにっ!」


 私を引きずり込んだお姉さんは、私の手をつかんだまま家の中を突き抜けて庭に出た。


「いい? この塀は2つ向こうの家に続いているわ。そこから大通りはすぐよ。いきなさい」


 手前の木箱を使って塀の上に登る。幅は広いので走っても足を踏み外すこともなさそうだ。


「私たち、怒ってるのよ。ちいさな女の子の邪魔をするなんて、大人げないこと。頑張って新記録を作ってね」

「・・・お姉さん、ありがとうございます。あ、これキャンデー」

「ラスおばあちゃんのキャンデー、大好きなの。小さい子にしか売ってくれないから、こういう機会でもないと手に入らないのよ。こちらこそありがとう」


 お姉さんと別れて、塀の上を落ちないように小走りに進む。教わった家の庭で恰幅の良いおばさんが手を振っている。


「こっちにおいで! 裏口に案内するから!」


 家の扉を開けると、おばさんは私の首に大きなバックをかけた。


「キャンデーをここに入れな。袈裟懸けにしてもてば両手が自由になる。しっかり走れるよ」

「はい! ありがとうございます!」

「一本もらうよ。決まりだからね。裏口を出て左に進めば大通りだよ」


 裏口を出て言われたとおりに進む。大通りだ。


「いたぞ! つかまえろっ!」

「いや、大通りで捕まえるのはやばい。小道に誘導しろ}


 あちらこちらから集まってくる男の人たちを避けて、大通りを横断して適当な道に入る。

 またもや家の中に誘導され、今度は裏口ではなく階段をどんどん上がっていく。


「ここからはしばらく屋根伝いで移動できます。お屋敷街までは安全に移動できますよ。間違って落ちないように気をつけて」

「お騒がせして申し訳ありません。ありがとうございます」

「あ、キャンデーもう一本ください。主人も大好きなの」


 私は屋根裏から管理用の扉を使い、2階建ての家の屋上に出た。

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