第8話 はじめてのお酒と酒場

 美味しいランチの後、私たちはキンバリーさんのところへ行った。

 キンバリーさんちはこの街の唯一の酒蔵。

 ここはお酒を貯蔵しているところで、お酒作りは外の城壁内で行っているそうだ。

 この街の外を流れている河の水は遠くの山から来ているそうで、水の質がとても良いらしく、よいお酒が作られるのだとか。

 お水が美味しいから、作られている麦やお米も美味しくて、当然美味しい材料を使って作られたお酒も美味しい。

 残念なことに葡萄酒は作られていないんだって。

 こればかりは土壌とかの兼ね合いもあるので、外から取り寄せているそうだ。

 試飲させてもらっちゃった。

 ここでの成人は16才。

 全然問題ないよね。本物の体で飲んでるわけじゃないもんね。

 冷たいお水で薄めてもらったけど、香りが良くてなんだかやる気が沸いてきた。


「お酒、美味しかった~」

「言っとくけど、ここだから飲んでいいんだからね。あっちでは駄目だからね」

「わかってるって。お酒は二十歳になってから。ちゃんと守るよ」


 お酒は美味しい。それは間違いない。

 酒は百薬の長。それも正しい。

 でも過ぎたるは及ばざるが如しなんだよね。

 昔はじめてお酒を飲んだある部族の人が、こんな美味しいもの子供たちにも飲ませてあげなくちゃって。

 結局その部族まるごとアル中なったとかなんなかったとか。

 そんな話を学校のタバコとアルコールについての授業で聞いたっけ。

 バッチテストでアルコール耐性とかも調べたな。

 今は試飲で我慢して、二十歳になってから美味しくいただこう。

 キンバリーさんからは酒場に卸すお酒を預かって失礼した。

 そういえば、小さい頃『およばザル』って猿がいるって信じてたなあ。




 その頃ヒルデブランドの街ではコソコソ話が出回っていた。


『フカの最速記録を邪魔する奴らがいるらしい』


 それに対する反応は二つ。

 自分たちも苦労したはずなのに、フカを邪魔するとはどういうことか、という常識人。

 若い娘に記録破りされるのはプライドが傷つく。どんどんやれ、というしょうもない奴。

 そこに善意の市民の皆様が参戦する。

 後に伝え継がれる「ヒルデブランド・フカの乱」は、本人が知らないうちに着々と準備されていた。



 そんなことが裏で行われるとも知らず、私は七つ目のハイディさんの酒場と八つ目のディフネさんの酒場に無事にたどり着いた。


「はい、サインしたよ。これで最後だ。後はドンツキの代官様のお屋敷に行ってサインをいただくだけだ」

「ありがとうございます。間違いなく受け取りました」

「ところで、ちょっとこっちへ・・・」


 依頼書を大事にしまいこんだ私を、女将のディフネさんはギュッと抱き寄せると小声でささやいた。


「あんたの邪魔をしようとしている奴らがいる」

「えっ!」

「シッ、しずかに。ちょっと対番の坊や、女同士の話があるんだ。外で待っていてくれるかい」


 さりげなくアロイスを追い出し、ディフネさんは続ける。


「こういった情報を対価なしで教えるのはルール違反だ。でも、頑張ってるフカの邪魔するなんて、やっていいことじゃない」

「あの、何のことは私にはさっぱり・・・」

「今あんたがやっているのは捜索のチュートリアル。この街を知る為にあちこち回る。街のみんなは対価と引き換えに色々教える。対価なしではしないのがルールなんだ。ここに来るまでいろいろ教えてもらっただろう?」

「は、はい。でも私は対価なんて・・・ラスさんからもらったキャンデーをあげただけです」

「それが対価なんだ」


 私はまだまだたくさん残っているキャンデーの大袋を見た。


「ラスばあさんに言われたろう。上手に使えって。その意味がわからず捨ててしまうやつ、自分で食べてしまうやつ、そういう奴はこのチュートリアルを終わらすのに時間がかかる。一番早くて翌日の昼過ぎだ。でも、あんたは今日中に終わらそうとしている。面白くないと思う奴もいるってこと。そういう奴らが店の前で待ち構えている。あんたのチュートリアルを邪魔するために」


 そう言ってディフネさんは窓の外を指さした。

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