第5話 夢じゃないけど、夢だった
「帰り方をおしえようか」
ここは夢の世界。
現世で眠るとここへ来る。
では、現世に帰るには?
「ギルドの近くにね、ベナンダンティ専用の寮があるんだ。そこに個室をあげる。こちらが夜になったらそこで寝る。目が覚めたら現世だよ。簡単だろう」
「か、簡単すぎますね」
「そうだろう?」
ダンディー中年ギルマスの笑顔は、なんとも言えない安心感を与えてくれる。
ジェットコースターに乗ったようなという表現があるけれど、全くもってその通りの状況。
そして今の私は、無事に発着所に戻ってきたみたい。
なんとなくホッと肩から力がぬけている。
それとも今はコースの頂上にいて、これからもう一度グルグルギュンギュンが再開するのかな。
どっちでもいいや。
死んでない。寝てるだけなら、たとえ大けがをしていたとしても、私はまだ生きている。
現世ではできない何かがここで出来る。
そして現世では現世で出来ることをする。
今日から私はルーだ。
「うん、いい顔になったね。それじゃあ早速冒険者について説明するよ」
冒険者になるには自己申告ではなく、まずギルドマスターが直接面接するそうだ。
ギルマスから合格をもらったら、まず各依頼のチュートリアルモードをこなしていく。
全てのチュートリアルに合格をもらえたら、やっと本物の冒険者になるらしい。
合格できなくても、ベナンダンティであればギルドの案内役、喫茶コーナー、裏方の書類仕事や解体などの仕事に就く。
もちろんなんの仕事もしなくてもいい。
朝、というか現世では夜だけど、ギルドに顔を出して、どこかで仕事をもってもいい。
それもいやなら、ベナンダンティを止めるという最終手段がある。
「その時にはこちらでの記憶は全て消えてしまうけどね。60年くらい前には多かったんだよ。昼間一生懸命働いて、なんで夢の中でまで働かなくちゃいけないんだってね。若い内はいいけど、就職してからベナンダンティを止める人が多くて、人材不足がひどかった。それがかわったのが40年ほどまえだね」
「なにかきっかけがあったんですか」
「アニメブームさ。そしてここ10年はラノベの異世界転生と転移物だ。そういう作品を読んできたひとたちは、君と同じで混乱しながらも現状を受け入れてくれる。おかげで優秀な人材がたくさん集まっている」
この世界は公序良俗に反しないかぎり、あまりお咎めがないらしい。
「でも、絶対やっちゃいけないことがある」
「殺人ですか」
「結婚だよ」
これはベナンダンティが見ている夢だ。
でも、ここと現世の区別がつかなくなる人がたまにいる。
こちらの住民と恋に落ちて、夫婦になった人が昔いたらしい。
愛する人のそばにいたいのは当然で、そうなると一日中こちらにいたがり、睡眠薬を使って無理矢理昼間もこちらに入り浸るようになる。
「こちらでいくら食べても現実の体には栄養がいかない。どんなに動いても現世では運動不足だ。体をこわして徐々に心も砕けていって、最後は自ら命を絶った。こちらの家族の元に行くという遺書を残して」
「僕たちはこちらでは死なない。怪我もしない。でも現世で死ねば、こちらでも死ぬんだ。こちらの家族と永遠に暮らせるわけじゃない」
「じゃあ、その人の奥さんになった人は・・・」
「遠くの町に行って帰ってこなかったことになった。そこできれいな女の人と歩いているのを見たって噂を流してね。しばらく泣いてくらしてたけど、前から彼女を好きだった新しい旦那さんを見つけて幸せに暮らしたって僕は聞いているよ」
そういうこともあったんだ。悲しいね。私も気をつけよう。
「あの、こちらの世界の人と結婚しちゃいけないのはわかりました。でも、ベナンダンティ同士は良いんですか」
「もちろん大丈夫だよ。ただし、さっきも言ったとおり、ここでの姿は現実とはことなる。おつきあいは慎重にね。そうだね、性別だけは一目でわかる。君の左耳にピアスが着いているのに気づいたかい?」
言われて左耳に触ってみる。
丸い小さな石にふれる。
「そのピアスの色が赤なら女性。白なら男性だ。君は赤だから現世でも女性なんだね」
「僕は白。現世でも男子だから安心して」
アルがホラと左の髪をかき上げて耳を見せてくれる。
白だ。
「逆にベナンダンティなのに帽子や髪で耳を隠している人がいたら要注意。多分現世と性別がちがうんだろうね。もっとも望んでそうなった訳じゃないから、あまり気にしないであげてくれ。では、説明はこれで全部だ。これから下の受付に行って、早速チュートリアルを受けてきてくれるかな。アル、君が彼女の指導役だ。全ての課題を無事にこなせるよう、導いてあげてくれ」
「わかりました。じゃあ、行こう、ルー」
「お世話になりました。これからよろしくお願いします、ギルマス、アル」
ギルドマスターに頭を下げ、私はアルに連れられて下に降りていった。
これから私のベナンダンティ生活が始まる。
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