新人ベナンダンティのチュートリアル

第1話 やっぱり異世界転生じゃないですか

「君が見ている夢なんだよ!」


 赤毛の少年はそう言って私を椅子から立たせた。


「説明したいけど、まずはこの部屋から出よう。後がつかえてるから」


 そしてなにもない空間に手をかざす。

 って、今にぎってるドアノブ、どこからでました?

 やっぱりここは死後の世界ですか。

 そしてあなたは神様ですか!


「違うってば! 僕は普通の一般市民だから! いいかげん異世界転生から離れて! ちゃんと説明できる人のところに連れてくから!」


 と、彼はドアノブを開けようとしたところでピタッと止まった。


「いろいろ聞きたいこともあるかと思うけど、僕がいいって言うまで口を閉じておいてくれる? 面倒くさいことになるからね。君は登録希望者で、偶然会った僕に案内されてきた。初めての場所にどうしていいのかとまどっている。そんな感じでよろしく!」


 よろしくされたけど、それって演技必要ないんじゃない?

 素のままでいいよね。

 何が何だかわからないことが続いている。

 私は事故で死んだと思っていた。

 でも、赤毛の彼はそうじゃないって言っている。

 私が見ている夢? 

 そのドアノブを開けたら、目が覚めるのかしら。

 とにかくお口チャックして彼についていくことにする。

 コクコクうなずく私の手を握り、彼は勢いよく扉をあけた。



 はい、また違う場所にいますね。

 私はなんだか総合病院の受付のような場所にいた。

 正面にはカウンターがいくつもあって、同じ服を着た男女が中に座っている。

 片側はフードコートのようなもの、もう片方は掲示板らしきものがあって、たくさんの人が見入っている。


「おはよう、アロイス。あら、そちらのかわいいお嬢さんは?」


 カウンター内のきれいなお姉さんが、私たちに気づいて声をかけてくる。


「おはよう、ビー。登録希望の子だよ。ギルマス面接したいんだけど、彼、上かな?」


 登録、ギルマス、掲示板。これって・・・。


「ぼっ!」


 冒険者ギルド。

 そう言いかけて、お口チャックを思い出し手で口を押さえる。

 やっぱり、異世界転生だぁぁぁっ!

 アワアワしている私を温かい目で見て、お姉さんは横の階段を指ししめす。


「ええ、二階よ。来客もないし、案内なしで行って大丈夫。久々の新人さんね。面接、通るといいわね」

「ありがとう。ホラ、行くよ」


 いってらっしゃいと手を振るお姉さんに頭を下げ、私はアロイス、赤毛の彼に手を引かれて階段を上った。



「ようこそ、冒険者ギルド『あふれ出した本棚』へ!」


 なんじゃ、その変なネーミングセンスは。

 普通ギルドって言ったら、『深紅の槍』とか『戦士の宿り木』とか、こう、かっこいいって言うか、力強い感じじゃない?


「いやいや、ちゃんと意味があるんだからね? もう何百年も使われている由緒正しいギルド名だから」


 初めてギルド名を聞いた人は、きっと私と同じような反応をするんだろう。

 私たちを迎え入れてくれた男性は、苦笑いでソファーに座りなさいと言う。


「ギルマス、彼女は覚醒者です。僕が着いたとき、椅子に座っていました」

「ほお、それはそれは」


 彫りの入った木のカップを私たちの前に置き、彼は右手を差し出した。


「あらためて、ようこそ我がギルドへ。ギルドマスターのマルウィンだよ」

「僕はアロイス。あ、もう話しても大丈夫」


 差し出された手をにぎりかえした。

 アロイス君とマルウィンさんか。


「はじめまして。あの、私は・・・」

「「はいっ、ストーップ!」」


 はい? 


「名前、年齢、性別、職業。君が本当に信頼できるって思えるまで、他人に教えちゃいけないよ」

「君の生きてきた人生、ここでは何の意味もないからね」

「逆に悪用される可能性があるんだよ」


 まってください。今、私、全人生否定されませんでした?


「違うよ。否定しているんじゃなくて、今までの生活とは違う人生が待っているってことなんだ」


 だから、これって異世界転生・・・。


「してないって! 何度でも言うけど、これは異世界転生なんかじゃない。君はまだ生きているんだって」


 では、異世界転移。


「それも違うねえ。似ているかもしれないけど。だって、君は・・・」

「「ベナンダンティだから」」

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