第2話 せまる予兆
「……どうしたん?裕太?目の下にクマできてるけど。」
「……いや、昨日ちょっと眠れなくて……」
教室に入って席に着くなり、隣の席のふうかが不思議そうに眺めてくる。
「……へぇ、何の悩みも無さそうなあんたが珍しいね……」
「……僕にだって悩みくらいあるから!」
「……ふぅーん、そうなんだ……」
そう言って、ふうかが意味深な視線を送ってくるがあえてここは無視する。
昨日は謎の電話せいで、はやり眠れなかった。ただのいたずら電話だと思いたいのだが、どうしてもそうだと割り切れない。
一体どうゆう意味なんだ。しおんが偽物だとか、全てを疑えだとか。しかもあの時の声。能動的で抑揚のない調子だったが、何となく聞き覚えのある声がだった。
そんなことをぼーっと考えながら授業を受けているといつのまにか六限目も終了し、放課後になっていた。
窓から外を見ると太陽はすでに西側に傾いている。
「……ゆうたー?あんたまだ帰んないの?」
「……えっ?あぁ、もう放課後か……」
気づけば僕とふうか以外に教室には誰も残っていなかった。
「……あんた、しおんさん待たせたんじゃないの?」
「……あっ!そうだった。まずいな、早く行かなくちゃ!」
しおんとの約束を思い出し、慌てふためいて教室を出るため、カバンに教科書を詰め込む。
「……じゃあ、僕は行くから。ふうかも早く帰れよ。」
「……たまには私にも構って欲しいんだけど……」
そう言って、拗ねた口調で頬を軽く膨らませる。とても可愛いのだが、それを見ると軽く噴き出しそうになる。
「……ちょ、何笑ってんのよ!!」
「……いや、何でもない。今度パフェでも奢ってやるから今日は勘弁してよ。」
「……む、絶対だからねー。」
ふうかの不機嫌ながらも、ちょっと嬉しそうな顔を見て安心し僕は教室を出た。
※※
階段を二段飛ばしに降り、しおんの待つ下駄箱へ急いだ。
目的地へ着くとそこには昨日のように彼女が目の醒めるような綺麗な黒髪をなびかせ、立っていた。
「……ごめん!しおん、結構待ったよね?少しぼーっとしていて……」
僕が近づいてくるのに気づくと、その大きく愛らしい瞳をこちらに向け、満面の笑みを浮かべて、とことこと寄ってきた。
「そんなことないよ!私も今来たとこだから!」
今日は彼女のクラスも僕と同じ時間に授業が終わる予定だった。
しかし、明らかに長い時間僕を待っていたと思うのだが、彼女の優しさを感じて嬉しかった。嬉しかったのだが、なぜかこのやり取りに既視感を覚える。
どうしてかな?そうか、昨日も似たような会話をしたからか。
「……その、今日も裕太くんと一緒に帰ってもいいかな?」
今ではだいぶ落ち着いたがそれでも彼女の顔は少し赤くなっていた。
「……え?もちろんだけど。僕も一緒に帰りたいし……。てか、昨日一緒に帰ったじゃん!」
「……裕太くんも一緒に帰りたいんだ……」
慌てて返事をするが、彼女はそれを聞いて嬉しそうに下を向く。
会話が噛み合ってないように感じるが、ここでもまた既視感を覚える。
喉の奥に魚の小骨が引っかかった、そんなモヤモヤした気持ちが頭の中にはびこるが、それを振り払い校門へと足を向ける。
「……じゃあ、帰ろっか。」
彼女はやはり、遅れないように僕の後ろをついてきた。
※※
昨日のように河川敷のある通りを二人無言で歩く。僕が遅れたせいですっかり夕方になり、あたりは薄暮に包まれていた。
河川敷からは野球少年たちの元気なかけ声が聞こえてくる。
「……ねぇ、ちょっと公園で話さない?」
「……うん。私もそうしたいな……」
僕と彼女は舗装されてない砂利道を少し歩き、近くにあった小さく寂れた公園に訪れた。夕方のまだ明るい時間帯だったが、誰一人としてそこで遊んでいなかった。
その公園の右端にあった木製のベンチは二人で腰掛ける。
ベンチに座ってもお互いに無言で公園の遊具を眺めていた。僕はふと、昨日夜に聞こうと考えてたことを思い出し彼女に尋ねた。
「……ねぇ、しおん。しおんって僕のどこが好きで告白してくれたの?」
すると、彼女は悩む素振りを見せ唇に人差し指をあてながら少したどたどしく答えた。
「……えっと、それはね……入学式の時に一目見た時から気になって、それから裕太くんのこと見てて優しい人だなって思って、それから好きだなって感じたんだと思う。」
「……そうなんだ、なんか嬉しいな。」
やっぱり昨日の電話はなにかの間違いだ。今、目の前で微笑んでいる彼女が偽物のわけがない。この幸せは確かに本物だと感じた。
その時だった。
ふと彼女の方を見ると一瞬、緑色の電子信号のようなものが走る。
「……っ!?」
すると、彼女はベンチから崩れ落ちその場で頭を抱えてうずくまる。そしてなにやら、ぶつぶつと無感情に言葉を漏らしていた。
「……私は成瀬裕太に好意を持つ。私は成瀬裕太に好意を持つ。私は成瀬裕太に好意を持つ……」
その光景は僕には少し不気味に映った。しかし、その現象もほんの数秒程度で収まる。
「……おい、大丈夫か?しおん?」
彼女の肩に触れ心配して声をかけると、先ほどとは打って変わり何事もなかったかのように平然とした顔をしていた。
「……うん、ちょっと頭痛がしただけだから。でも、今は何ともないから大丈夫だよ!」
「……そう。ならいいんだけど……」
そう言って笑う彼女を見てほっとした。
「……そう言えば、さっき何か言ってなかった?しおんが僕のことをどうだとか……」
「……え?何も言ってないと思うけど。私何か言ってたかな?」
首をかしげながら彼女はそう言った。
「いや、やっぱり何でもない。それよりも今日は少し心配だから家まで送るよ。」
「……うん。わかった、ありがとね!」
二人でその公園を後にし、しおんを家まで送ることになった。普段ならすごく幸せに感じるひと時であったはずだが、僕の頭の中にはさきほどの不可解な現象で頭がいっぱいになって、その幸せを素直に享受することはできなかった。
※※
あたり一帯はすでに暗くなり始めていた。今日の夕飯なのだろうか、何処からともなくカレーの美味しそうな香りが漂ってくる。
しおんを無事に家に送り届けた後、自分も寄り道をせずに真っ直ぐと帰宅した。
早々に夕食とお風呂を済ませ二階の自室のベッドに倒れこむ。そして、今日起こった不思議な現象について考察してみることにした。
「……緑色の電子的なやつに、しおんの言っていた言葉……」
考えれば考えるほどわからなくなる。そんな袋小路に追い詰められたような感覚を味わっていた。やはり昨晩のあの奇怪な電話と関係があるのか。頭の中を何度も同じ思考が繰り返し巡る。そうしてるうちに、まぶたは閉じられ深い眠りへ誘われようとしていた。
不意にテーブルに置いていた携帯が鳴り始めたのはその時だった。慌てて起きあがり画面を確認するとそこには非通知の文字があった。
固唾を飲んで携帯を手にとるが、それはまだ楽しげなメロディーを演奏している。不気味に感じるが、ここで電話に出ないわけにはいかなかった。そしてこの非通知の電話にこそ謎の手がかりが隠れてるように感じてならない。
なけなしの勇気を振りしぼり携帯を耳に当てる。すると、その画面の向こうから昨晩と同じ、機械的で無感情な声が聞こえてきた。
『……夕方の一件で少しは信じてもらえただろうか、成瀬裕太よ……』
しかし、昨日と違いその電話の主が一方的にではなく、僕に丁寧に問いかけるような口調で話しかけてきた。
「……何で僕の名前を知ってるんだ?それよりも夕方のしおんのことについて何かわかるのか?」
『……時間の猶予がないためここでは詳しく話せない。もしも、彼女に起こった現象について知りたいのなら今晩の十二時頃にお前の通う高校まで来い。そこに私の使者を用意している……』
そう言うと電話は向こうから切られた。僕の中にある何かが危険だと警告を発しているが、ここで行かないという選択肢は全く考えられなかった。
現時刻はすでに十時半を過ぎていた。僕の家から学校までは自転車で二十分くらいかかる。今から準備を始めれば十分に間に合う。
僕はベットから跳ね起き学校へ行くべく支度を始めた。
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