第3話 使者との邂逅
持っていくものはスマホと財布などと最小限にとどめ上着を羽織る。
玄関に向かいスニーカーの紐を結んでいると、妹のももが階段から降りてきた。
もしかすると物音で起こしてしまったのかもしれない。僕の姿を見つけるとあくびをしながらこちらに近づいてくる。
「……あれ?おにいちゃん、こんな遅い時間にどこかに出かけるの?」
可愛いパジャマに身を包んだももは眠たそうに目をこすりながら質問してきた。靴紐を結び終えた僕は立ち上がる。
「……あぁ、ちょっと野暮用ができたんだ。すぐに帰ってくるからももは先に寝ててくれ。」
その顔に疑問符を浮かべるも、詳しいことは何も聞かずにももは僕に手を振って送り出してくれた。
「……ん、わかった。もう夜遅いし、夜道は危ないんだから気をつけてね……」
「……ありがと。じゃあ行ってくるよ。」
「……うん。いってらっしゃい!」
妹の声を背中で受け止め、庭に止めていた自転車に乗って僕は家を出た。
外はすっかり暗闇と静寂に包まれ、まるで黒いペンキで塗りたくられたように暗かった。そんな夜道には、淡い光を細々と繋ぐ街灯が等間隔に並んでおり、そこを自転車の前照灯が鋭く貫くように照らして進んでゆく。
自転車を漕ぎ初めてから約十五分。ようやく僕の通う青陵高校が見えてきた。
正門は堅く閉じられていたので自転車をその近くに止める。そして、なんとか門を飛び越えることに成功し学校の中へと入った。
現時刻は十一時五十五分。かろうじて約束の時間には間に合ったようだ。
僕が毎日訪れている、見慣れていたはずの校舎だと思っていたが、深夜のそれは昼間とは全く異なる雰囲気を醸し出していた。
人の気配はもちろん皆無であり、生暖かい微風が頬を掠め背筋に鳥肌が立つ。
舗装されたアスファルトの上を昼間より時間をかけて歩き、校舎の前までたどり着いた。しかし、電話の主は集合地点を学校と定めていたが正確な場所までは伝えてこなかった。
「……えっと、どこへ向かえばいいんだ?」
もしかして、この学校全体を探して回らないといけないのだろうか。
そう考えて途方に暮れていると突然、建物の四階、正面から東寄りの教室の中で白くぼやけた小さな光が不規則に明滅している。
「……なんなんだ、あの光は。しかも、あそこは多分僕の教室がある場所だ。もしかしてそこに向かえばいいのか?」
なにかの合図のようにも見えるその光はまだ視認することができる。兎にも角にも、僕はその光を目指して校舎の中へ入ろうと決めた。
校舎へ入る扉は幸いにも鍵がかかっておらず、楽々と中へ侵入することができた。下駄箱で靴を上履きに履き替え、正面の階段を上がるべく近づく。警備員がいるかもしれないので下手に電気もつけれない。
暗い視界の中、転ばないように慎重に、そして音を立てないようにそっと登ってゆく。その過程がやたら長く感じられた。
四階まで到達し自分の教室のある場所まで一直線に廊下を歩く。ふと右手にある窓を見る。今日は満月のはずだが、分厚い雲によって月が隠されていた。
ようやく教室の前までたどり着く。扉に触れてみると鍵はかかってないようだ。後ろのドアの隙間から軽く中を覗いてみるが、そこには先ほど見た淡い光はすでにない。
僕はいったん、扉から手を離した。緊張して強張った心を落ち着けるべく深く深く深呼吸をする。
「……ふぅ、よし!行くか。」
握りこぶしに力を入れ小さく言葉を呟く。
その先に何が待っているかはわからないが僕はそこで腹をくくり、教室のドアを思い切ってあけた。
※※
後ろの扉を開け教室の中に入る。しかし、そこには見慣れた黒板、教壇、そして多くの机と椅子があるだけだ。
あたりを見回すがその場所には何も無いように見えた。
やはり、ただのいたずらだったか。そう思って肩を落としていた時、その無機質な声は突如として正面から投げかけられてきた。
『……ようやく来られたようですね、成瀬裕太様。長らくお待ちしておりました。』
慌てて四方に目を凝らすがやはりそこには何もなかった。幻聴か?そう思って首を傾げていると唐突に、僕の目の前の空間が歪む。
その現象はそうとしか形容できないほどに空気が歪曲しているのが目に見えてわかった。そして、その空間から一つの人影が現れる。
暗くてまともに正体はわからないが、そのシルエットから少し小柄であることがわかる。
「……あなたが僕に電話をくれて張本人ですか?」
勇気を振り絞りその正体不明の人影に問いかける。
『……いえ、私はあなたと連絡を取られたマスターの使いの者です。』
その声はやや機械的だったが、柔和で女性的な響きを帯びていた。一人称や声音から察するに相手は女性なのかもしれない。
「……そうなんだ。じゃあ早速で悪いんだけど、僕を呼んだ理由、差し当たってはあなた達の正体を聞かせてもらいたいんだけど……」
『……そうですね。わかりました。』
そう言うと彼女は音もなく僕に近づいてきた。そして口をひらく。
『……端的に説明させて頂きます。私は人間型汎用アンドロイドのナナです。マスターの命により外の世界からやって参りました。成瀬裕太様、あなたにはこの偽りの囚われた世界を解放して頂きたく思います。』
その時、分厚い雲に覆われていた満月が姿を現した。そして、その神秘的な月光が教室内を明るく照らし彼女の全貌を露わにする。
僕の予想は遠からずも外れていた。彼女は血の通った人間ではなく、機械で作られたアンドロイドだった——。
僕はまじまじと彼女を見つめる。光沢を持った腰まで伸びる水色の髪に、長い睫毛を伴う大きな瞳。肌の色が雪のように白く美しい。全くロボットには見えないのだが、その瞳の奥で焦点を合わせるべく動いているレンズだけが、かろうじて彼女の機械的な部分を感じさせる。
『……あまりジロジロと見ないでください。ハラスメントコードを発動しますよ?』
彼女は無表情にそう言い放った。確かに綺麗で端正な顔立ちなのだが、その顔から感情はあまり読み取れない。
「……えっと、ごめんごめん。君があまりにも人間っぽく見えたからつい見惚れてしまって……」
そう言うと彼女は怪訝な眼差しで僕を睨みつけた。
『……私を口説いているのですか?まだ会ったばかりだというのに、この人たらし……』
「……いや、なんで!?」
彼女と話しているとなんだか調子が狂わされる。気を取り直して、彼女にある疑問を質問してみることにした。
「……ひとついいかな?君は本当にロボットなの?全然そうは見えないんだけど……」
『……私は正真正銘、マスターにより創造された人間型汎用アンドロイドです。ほら、ここに電源ボタンもありますよ。』
彼女は長く綺麗な水色の髪を両手で持ち上げ僕にうなじを見せた。
すごく艶めかしい、エロいな……。
いや、違った。本当に機械質な電源ボタンがそこには付いていた。
「……ほんとにあるよ……。君は本当にロボットなんだね……。」
右手を顎をさすりながら、不純な感情をおくびにも出さずに飄々と言ってのけた。
『……信じて頂けて光栄です。それと私の名前は〈君〉ではありません。私のことはどうぞナナと気軽にお呼びください。』
「……わかった。今度から気をつけるよ。ナナ。」
『……初対面だというのに馴れ馴れしい……。」
「……いや、なんで!?」
僕はすでに彼女のペースに飲み込まれているようだった。この状況から脱するべく、彼女に本題を切り出す。
「……えっと、ごめんごめん。それで話に戻るけど、いきなりそんなこと言われても、さっきナナが説明してくれたことはにわかに信じがたいんだけど……」
『……はぁ、これだから想像力のない凡人の相手は疲れます。』
……えぇー、僕が悪いのか………。
こめかみを抑えながらため息を吐くその仕草はなんとも人間らしかった。しばらく僕をディスって満足した後、ナナは詳しい説明を始めたのだった。
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