第1話 小さな異変
途中の枝道でしおんと別れ、約二十分くらいの道のりを歩いて家路に着いた。太陽はすでに深く沈み、あたり一帯は次第に暗くなり始めている。
「おかえりなさい!おにいちゃん!」
玄関のチャイムを鳴らすと家の中よりタタタタタ、と軽やかな足音が聞こえドアがひらく。そこには妹の—成瀬もも—が、ニコニコと笑顔で立っていた。
「……あぁ、ただいま。もも。」
「……先にご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」
と、茶化すように僕をからかってくる。普通に可愛いのが腹立たしい。
「中学生がませたこと言うなよ。……でも、お腹空いたから先にご飯が食べたいな。」
「……むぅ、つれないなー。わかった!先にご飯ね!」
そう言って、ももは夕食を用意するべく台所へ駆けていった。
我が家の母は幼い頃に他界し、父は仕事の関係上、家に帰ることは少なかったので、夕食や洗濯などの家事は基本的に妹と曜日制で回していた。
母が早くに他界したこともあり、妹の心身の負担をできる限り減らしてやりたいと思っているのだが、
「はい!おにいちゃん!今日の夕飯はラザニアだよ!」
「……えっ、ナザニア?何その国名みたいなの?」
と、聞き慣れない単語に僕は動揺した。
「ラザニアだよ!ラザニア!イタリアの家庭料理だよ!」
「……そうなんだ。えっと、ご飯とかないの?」
「パスタの一種みたいなものだからご飯は必要ないよ!さぁ、冷めないうち早く食べよ!」
そう言って対面に座った妹は美味しそうにナザニアを口に運ぶ。少し不安だったがミートソースとホワイトソースが絶妙に絡み合い、美味しかった。
「……美味しいな!このナザニア。」
「だからラザニアだって!まぁ、喜んでくれたならいいんだけど……」
確かに妹の作る料理は美味しいのだが何故か妹の料理は、どこで知ったのか海外の風土料理ばかりを作る傾向にある。
たまには和食が食べたいのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
どうかこの切実な気持ちを察してほしいと密かに思った。
「……明日は夕飯はパッタイでも作ろっかな?」
「……えっ、何、ガッタイって?」
「おにいちゃんの変態!パッタイだって!タイの焼きそばみたいな料理!」
妹が赤い顔をしながら可愛く叫ぶ。なぜ変態なのかはわからないが、僕の気持ちは全くもって伝わらないらしい。どうやら白米を食べれる日は随分と遠くなりそうだ。
「……まじか……」
「ん?なんか言った?おにいちゃん?」
「……いや、何でもない。そろそろお風呂に入ってこようかな。」
夕食のラザニアは早々とたいらげ、気を取り直し風呂へ向かった。
※※
お風呂に入りテレビなどを見て適当に過ごしていると、時刻はすでに十一時を回っていた。そろそろ寝ようかと就寝の準備を始める。すると、勉強机に置いていた携帯が小刻みに振動しだした。
誰からの電話かな、と思いながら携帯を手に取るとそこには如月しおんと表示されていた。それを見て慌てて電話に出る。
「……もしもし、裕太くんですか?」
携帯越しに彼女の鈴が鳴るような綺麗な声が聞こえてきた。
「……うん。僕だけど。こんな遅くにどうしたの?」
「……えっと!その……なんというか……」
彼女はどうしたのか上擦った声を出し、言い淀む。何か問題でもあったのかと多少、不安になった。
「……大丈夫?なにかあった?」
しばしの沈黙の後に、彼女は決心したように言葉をつむぐ。
「……その……裕太くんとお話ししたいなって思って電話しちゃいました……」
恥ずかしそうに頬をかく彼女の姿が容易に想像できた。
なんだよその理由!めちゃくちゃ可愛すぎるだろ!!!
可愛い過ぎてベットの上で盛大に身悶えして転げまわってしまった。
「……裕太くん?聞こえてますか?」
「……あぁ、ごめんごめん!聞こえてるよ。そのすごく嬉しくて一瞬気を失ってしまっただけだから。」
「……えっと、そうなんだね……」
その後、二人で色々な話をして盛り上がった。友達のおもしろ話や学校での出来事などたわいもない内容だったが、とても楽しかった。機械ごしだったが、そこから聞こえる彼女の温かみのある声を耳にするだけで心地よく感じた。
「もう夜遅いし、そろそろ電話切る?」
「……そうだね。明日も学校あるし、私もそろそろ寝ようかな。」
そう言ってお互いにしばしの沈黙。電話を切るのに相当な意志力が必要だった。
「……じゃあ、また明日ね、裕太くん。」
「……うん。また明日。学校で!」
なんとか電話を切ろうとした時、僕を呼び止める彼女の声が聞こえた。
「……裕太くん!その……」
「……ん?どうした、しおん?」
僕はそう彼女に問いかけた。すると、彼女は意を決したように、
「……その……大好きだよ!裕太くん。えっと、それを伝えたかっただけだから!」
そう言ってすぐに彼女は電話を切った。僕がその後、今日二度目の悶絶をベットで繰り広げたことは言うまでもない。
※※
時刻はすでに一時をまわっており、彼女との至福の時間は一瞬だったかのように思えた。ベットに入り、すぐに電気を消す。するとすぐに睡魔が全身襲ってきたが、まだ彼女との楽しいひと時を思い返し僕は余韻に浸っていた。
そういえば、彼女とはまだ付き合って一週間も経ってないのに随分と好意を持たれてる気がするな、そう思って彼女との馴れ初めをベットの中で思い出していた。
確か下駄箱に手紙が入ってて、体育館裏に呼び出されたかと思ったら、突然告白されて……。
今に思えば突拍子もない話だと思う。何でしおんは僕のことを好きになったのだろう。容姿が優れているわけでもないし、頭がいいわけでもない。
「……今度さり気なく聞いてみるか……」
そう誰に言うでもなく呟く。電気の消えた暗い部屋の中で天井のシミが不気味なほどに目に入ってきた。
しおんの件でもそうだが、まだ高校に入って三ヶ月と立ってないが僕はすでに六人の女子から告白されていた。
幼馴染のふうかは別にしても、他の女子たちとは全く接点などなかったはずだ。
それが何の因果か色んなトラブルに巻き込まれてその後例外なく好意を持たれる。しかも、その誰もが学年でトップを争う美女ばかりだ。
今こそは入学式から一目惚れしていたしおんに告白され付き合うことになっているが、僕が彼女に夢中でなければ幼馴染のふうか、ひいては他の女子と付き合っていた可能性も否めない。
「……なんか異様に話が出来過ぎてるような気がするな……」
そうは言いながらも、今の状況に感謝し、精一杯楽しもうと決めた。あまり深く悩んでもそれは意味のないことだと割り切る。
僕は考えることを辞め、眠りに集中するべく毛布を頭まで被った。
その時、再び携帯がカタカタと小刻みに振動を始める。
「……誰からだ?またしおんかな?」
布団から出て、暗順応した目で携帯を見ると、画面には非通知の文字があった。
本当に誰からの着信かな。僕は疑問に思いながらも警戒して電話に出る。
すると、電話越しにどこか機械的で感情の感じられない声が響いてきた。
『…………成瀬裕太、お前は仮初めの作られた世界に存在する。まわりをよく観察し疑え。さすれば、お前のいる場所が虚構で塗り固められた偽りの世界だと認識するだろう。その先にお前の未来がある。如月しおんは偽物だ。そしてこの世界そのものが虚構だ。最後……にもう……一度……言う。己……以外の……すべ、て……を……うたが……え。』
そう言い終えると砂嵐のようなノイズを残して電話はプツリと切れる。最後の言葉は途切れ途切れでうまく聞き取ることができなかった。
「……一体今のはなんだ?しおんをが偽物?どうゆうことなんだ……」
たっぷり数分考えたが答えが出ようはずもない。もう一度布団に入り、寝ようとするがあの無感情の声が頭の中で繰り返し鳴り響きその夜、眠りにつくことは出来なかった。
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