エイユウノススメ

良音

オープニング 

「フハハハ! その程度か、英雄とは口だけか? 主らの能力は飾りなのか!」

「クッ、んなわけないでしょっ!」

 日が昇り、壊れた街並みが色付き始めた朝方。

 二十代の青年は犬歯をむき出しにする少女に笑いかける。

 どこにでも、とは言えそうにない光景だが彼らの状況は格別だった。

 青年は瓦礫や人骨で形成された山の山頂でドス黒い玉座に座り、少女は数十人の同世代を引き連れている。

 その少年少女らはまるで特殊部隊のような武装をしていた。

 その後ろでは本物の特殊部隊が機関銃を構え、隊列をなしている。

「皆尽力せよ、日本のため! 私達の為! 今ここにあの廃神を滅ぼすことを宣言しよう!」

 戦争の始まりである。

 十代後半に見える少女は、宙に浮かぶ光の輪に手を突っ込み、体格の二倍はあろうかという鈍器を取り出す。

 妖麗な金属光沢を見せるメイスは、武器とは言い難く金属を塊を棍棒の形に削った、という方が正しい。

 その持ち手、少女はメイス片手で持ち上げて、柄の端を地面に打ち付ける。

 キイィンという快く張り詰めた空気を弾くような音を奏で、少女は前方へと飛び出した!

「私に続け!!」

 少女を筆頭に、男を囲むように並んだ少年少女たちもそれぞれの武器を輪から取り出し廃神へ繰り出す。

 山に鎮座する廃神は、つまらなそうな顔をしていた。

 玉座の肘掛けをコツコツと指先で鳴らす。

 人の群れが近づくに連れて、その軽快さは増し、不快な音を鳴らす。 

 イライラのサインであった。

 芸のない捌き、勝機のない戦、無能な指揮官……数々の戦争、勝負の監修をしてきた彼にとって、これらは面白みに欠けていた。

 特殊能力を司る神、シラヌイは数々の能力を保持していた。

 故に能力のない者が、自身の脳を駆使し、勝利を確かなものにし、相手をだまくらかす、というものを美徳と思っている。

 なら、自然と「能力を持つ者が争いごとを起こせばどうなるのだろう」ということを思い始める。

 元人間が能力者になり、人らしい知恵と人らしからぬ能力を合わせ持った軍勢が自分と戦えばどうなるのであろうか、と。

「最悪……だ」

 神はため息をつく。 

 わざわざ、下界に堕ちるまでに人に能力を与えた結果がアレなのだ。

 能力を使いこなせず、簡単な能力発動で留まり、ある程度の武器を買い揃え、政府の犬として働き、統率のみがとられた動きをする。

「行き着く先は皆機械、神も人も対して変わらないな」

 廃神は機械たちの到着を待つ。

「廃神!! 覚悟!」

 突如、いやドスドスと足音を響かせて来たのだから分かってはいたが、少年は背後をとったつもりだったので、

「フハハハ! 不意打ちとは卑怯な!」

 と、廃はわざとらしく声を上げ、意味もなく笑う。

 少年はバカでかい太刀を振り回し、玉座を断つ。

 男は筋を読み、数歩進んだところで立ち止まる。

 男の鼻先を太刀が通り過ぎた。

「くっ!」

 続いて少年は、太刀に片手を添えてのなぎ払いに移ろうと、振りかぶる。

 それもまた太刀筋を読み、しゃがみ込むと頭上に刃が通っていった。

「遅い! 人間、貴様はこの程度か!」

 全力の二撃を外し、少年は歯ぎしりをして、もう一撃。

 太刀では愚行の突きをして、剣を目で追うことなく避けられた。

 決して少年の筋が読みやすく、剣が遅いわけではない。

 あの大きさ、少年の身長と同等の太刀を振り回せるのだから、大した腕力と足腰を持っているはずだ。 

 口ではああ言っているが、彼だって剣を目で追って避けているのではなく、自身の勘で避けていた。 

 見えているのは残像程度で連撃を避けれたのは、長年のカン。

 この少年は強い。

 太刀なら世界のトップレベルなのではないかとも、思うほどだ。

 ただ、廃神、には敵わない。

 少年は未熟だった。

「喰らえっ!」

 言い放つと、男の間近で斜め上に太刀を持ち上げ、断つ。

 斬った感触はあり、少年は歓喜に震え始める、その時だった。

「残念だな、人間」

 少年の耳に男の冷酷な声が頭上から届いた。

 先程とは種類の違う震えが少年を襲った。

 恐怖。

 恐れながら、目線を上げると剣先に男がいる。 

 手にごくわずかな血を垂らし、神らしくない笑みを垂らす『廃神』の姿が。

「貴様は英雄ではないようだ」

 そう聞こえる前に少年は倒れた、太刀を放さず、ゆっくりと人骨と瓦礫に横たわった。

 少年は冷静さを欠いていた。

 太刀の刃が片刃であれば、突きはただの鋭い打撃でしかなく、使いこなせていないことが相手にバレてしまう。

 太刀はスピードを乗せての中距離攻撃が基本、近距離では太刀の長所を活かすどころか、相手に斬って下さいと言っているようなものだ。

 ナイフの一つも持っているわけでもなく、不用意に相手に近づいたことが、集中を切らしたことの原因とも言える。

 武器には向き不向きがある。

 太刀での肉薄戦と奇襲が無謀なことくらい、少年程の実力者なら分かっていたはず。

 なのにもかかわらず、何故飛び出したか。

 何故少年以外、男の前に現れないのか。

 簡単なことだ。

「あの女か……」 

 無能な指揮官のせい。

 『廃神』は怒りを覚えた。

 ……そこからの記憶は著しくなかった。

 気が付くと、手には少女の使っていたメイスと銀弾の詰まった拳銃を持っていた。

 メイスからは血が滴り落ち、体は赤黒く染まっていた。

「…………」

 無情にも自身が蹂躙をしたことがすぐに分かった。

 あたりは血色に染まり、血肉とアンモニア臭があたりを包む。

 瓦礫の山からはよく見える。

 車らしきものが大きく凹み、その周りでは武器や防弾ジャケットに赤い飛沫が飛んでいる。

 英雄たちも武器をちらほら残していた。

 当然、あの少女も死んでいるだろう。

 と、思っていた。

「はあ……廃神も随分と優しくなったものだな」

 少年に斬られ、綿の飛び出す玉座の片割れに腰掛ける。

 廃神が蹂躙した筈のここには死体が一つもなかったのだ。

 肉や骨を見えなくなるくらいに砕いたとも考えづらく、人間を食うはずもなく、結論逃したのだろう。

 しかし、この体は乾き方からして、一度に大量の血を浴びていた。

 前方だけではなく、全身真っ黒になっている。

 不自然だ。

 これほどの大量出血、普通なら死ぬであろう。 

「能力か、いやそんなものを開発した覚えは」 

 男は山を降りた。

 まずは辺りを次に近郊のビル、車、瓦礫の中、思いつく限りの場所を探したが死体は見つからず、いつしか一生懸命になっていた。

 廃神は自らの探究心のため死体を探した。

 何時間経っても、男は体を休めることなく動き回っている。

 ここにあるのは、こびりついた血と黒光りする真っ二つにされた玉座だけだった。

 すっかり日が暮れ、街灯がどうにか光を漏らしている。

「まあいい、奴らはまた来る。 そのときに聞こう」

 言葉に漏らし、廃神はもといた玉座へと登っていった。

 瓦礫と骨がお互いを軋ませ、音を鳴らす。

 玉座にに近付いてゆくと、もう片方の玉座に背をもたれる人間の姿が二人あった。

 それに気付いた男はそれに静かに近づいた。

「数時間ぶりだな、少年、少女」

 そこにははにかむような表情で目を閉じ、腹に大穴を開けた未熟な英雄と片腕片足の無い無能な指揮官がいた。

 二人は手を取り、日が沈んでゆくのをじっと待っている。

「これでは、華がないな……。 待ってろ」  

 廃神は少年の使っていた、太刀を取る。

 血の一滴として付いていないボロい刀。

 それを少年と同じように振りかぶるような体制になって、振った。

 自身に向けて。

「悪かった、勘違いして。 あっちで仲良くしてくれ、俺は主らの手向けになってやる」

 この廃神が自害したことを後世知るものはいなかった。


「ばっ!? あいつ何やってんだ、雰囲気に流されすぎだろ!」

 へ?

 

 

 

 

 

 

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