古なるキミに至るミンタカ

「すみません、ここに神様がいるって聞いたんですけど」

 メガネの少女の開口一番はそんなセリフだった。

 あまりに突飛な問いかけに、私は一瞬フリーズしてしまっていた。なにせ、気を抜いたら笑い転げてしまいそうだったから。

「あれ? 言葉、通じてません? 合ってると思うんだけどなぁ」

 言葉は通じているけれども、話は通じなさそうだなぁ……などと思いつつ、私は笑いをこらえて問い返した。

「どうして神様を探しているの?」

「はぁ、神様なんていないって、証明したくって」

 そして私は、腰かけていた石段から転げ落ちた。



 かつてあった文明の名残は少ない。

 【猛毒】の都市であったこの【ミンタカ】は、今となっては遺跡と呼ばれるようになっていた。立ち並ぶ石造りの建造物群は、かつての繁栄を如実に物語っている。戦争によって致命傷を負い、あとは時の流れに蝕まれた。生い茂る木々の奥にひっそりと佇む名残だ。

 森の中を半時間程度歩いて訪ねるほか無いにも関わらず、こんなところへやってきてしまうとは、この少女も物好きなものだった。

「それで、いるんですか、神様」

「あなたは神様を信じているの?」

「信じてません」

「いたらどうする?」

「信じます」

「あ、うん、そうよね」

 やっぱり少し話が通じないという印象だった。

「ここはミンタカの寺院のあった場所よ。だから神々の像もたくさんあるわ。あなたの右後ろの建物が一番収蔵数が多い建物だから、入ってみるといいかもね」

「そうですか。では」

 彼女は足早にその建物に向かった。

 そして数分後に戻ってきた。

「いませんでした」

「そうでしょうね」

「ほかに心当たりはありませんか?」

「ごめんなさい、ちょっと訊いていいかしら」

 私が制すると、彼女はへにょっと首を傾げた。

「あなた、どこから来たの? この国の人ではないわね」

「日本です。ご存じですか? ここからずっと東の、極東の島国とか呼ばれている国です」

「ああ、その国からはときどき人がくるわ」

「あなたも、この国の人という感じはしませんね。肌が褐色気味なのは、他の方々と一緒ですけど……」

 私の白亜の髪を眼差して、彼女はその理由を探ろうとする。少し考えたようだが――すぐにどうでもよさそうな顔になった。

「まぁ、どうでもいいですね」

 やっぱり。

「ほかにも神様がいそうな場所はたくさんあると思うけど、どうしてここへ?」

「近場やメジャーどころは行きつくしてしまって」

「ふふっ、ここはマイナーなのね」

 頭大丈夫かコイツ、みたいな表情で私を見つめながら、少女はさすがにそうは言わなかった。

「もし仮に神様に会えたら、何を望むの? 何がしたい? 何が訊きたい?」

「そうですね……訊きたいことなら、『お前を消す方法』……ですかね?」

 笑いをこらえるのがつらい。

「くっ、ふっ……そっ、それは教えてくれないし、無理なんじゃないかしら」

「教えてくれないかもしれないけど、無理じゃないと思います。神様によっては全能らしいので」

 もう少し探してみます。

 そう言って彼女は遺跡の奥に入っていった。

 ので、面白そうなので付いて行くことにした。

「ほかにはどういうところへ?」

「いろいろです。ヨーロッパの有名な聖堂とか、日本の古い神社とか、神様が宿るっていう秘境とかですね。まぁ、聞く人によっては、神様はあまねく所にいるから、どこで祈るかは関係ないし、どこでも会えるともおっしゃいますが」

「どうして神様がいないことを証明したいの?」

「自分の人生をどうこうできる輩がいるなんて、ふざけた話じゃないですか」

「良い方に転がしてくれるかも」

「自分の能力を試したい人にとっては邪魔でしょう。それに、良い方ばかりに転ぶわけじゃない。神様のいたずらは、いたずらってレベルじゃねぇ! って時がありますから」

「分かる。分かるわ。神様ってとっても気まぐれで困るもの」

 彼女はスマートフォンを片手に森の中を歩く。最近はこんなところでも電波が届いて便利だ。おかげで私は割と暇なのだが。

「あ、おつかれさまでーす」

 その時。

 私と同じ、白亜の髪をした少女が、森の木陰から現れた。

 メガネの女の子が私に問いかける。

「お知り合いですか?」

「そうよ」

 するとそのやり取りをみた白亜の少女は――。

「……え? ええ!?」

 少女は私と女の子を見比べて「あえ!? なんで!? ナンデ!?」と混乱していた。

「あの、これ、見えっ――いったいどうなってるんですか……?」

「私もよくわからないけど、面白いからいいじゃない」

「まーた適当なことを! あなたがそんなだからここは――って、あああああっ!」

 少女はあわてて口をふさいだ。

「とっ、とにかく、気まぐれに過ごされるのはやめて、少しはお仕事してください!」

 ぷんすかしながら彼女は森の奥に消えていった。

「……何だったんですか、いまの子」

「幽霊が見える人は、それが幽霊だと気が付けない、という話よ」

「? ていうかどこ行ったんです? あっちは地図じゃ地平線の先まで森だったような……」

「さぁ? 神様にでも会いに行ったんじゃない?」



「神様って、どんな感じだと思う?」

「ゴミ、クズ、ろくでなしのニート、バカに権力持たせた典型」

 耳が痛い。

「見た目だったらたぶん羊のツノとかコウモリの羽が生えてますね」

「それっていわゆる悪魔じゃないのかしら」

「まぁ似たようなものでしょう」

「あら、どうして?」

「なにかの不存在を証明しようとすることを、何というかご存知ですか?」

 心当たりがなかった私は首を傾げた。

「それは……『悪魔の証明』っていうんです」

「――ぷ、あははっ、たしかに等式は成り立ちそうね」

 森を抜けると朽ち果てた石積みが現れた。観光客もほとんど来ることが無い、遺跡の最奥だ。

「ここは祭壇だった場所よ」

「あー、きっと神様が人の心臓を食べたり処女の生き血をすすったりしたんでしょうね。さすが神様。くそみたいな所業ですね」

「たしか……捧げものは穀物とか新鮮な野菜とか甘い果物とかきれいな花だったかしら」

「あーそれきっと神様じゃないですね。天使とかですよ天使。天使様まじ天使」

 神様がいなければ天使もいないと思うのだが、そこはつっこまないでおいた。

「まぁ、こんなご大層な祭壇を作られても、今はこの有様ですよ。見捨てられて、朽ち果てて、いなくなった」

 彼女は肩をすくめる。

「もう、神様はいりません」

 もう人間は、神様に頼らずとも、多くのことを見つけ出して、多くの苦難を乗り越えてきた。そして乗り越えていける。

「神様に手出しされたくない。私がどこまで行けるのか、私だけが試す権利がある。そうでしょう?」

 彼女がいかに恵まれているかがすぐにわかる主張だった。それだけ良い時代になったということだ。彼女の言うとおり、神様はもはや不要なのかもしれない。

 彼女は祭壇の下で手を組むと、少しばかりの祈りを捧げた。

「神様なんて、信じていないんじゃなかったの?」

「礼儀ですよ。ここにいるといわれている神様を慕う人たちへの」

 私は思わず笑みをこぼす。久しぶりに気持ちの良い少女に出会えた気がした。

「では、行きます」

「また神様を探しに?」

「はい」

 彼女はすぐに背を向けて歩き出した。私はもう、彼女を追うことはなかった。

「そう、気を付けて。そして良い旅を」

 しかし、ここまで神様はいらないといわれると、気にならないわけではないので、私は少しだけ、意地悪をしてみようと思ったのだ。

「あなたみたいな人に、神様はきっと微笑むわ」


                                    Fin.



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