Episode.2 異質な救世主

まずい、このままだと殺される。なんなんだ、本当に。

廊下をひたすらに走るが宛てなんてないし、解決法なんて浮かぶわけじゃなかった。

このまま家まで逃げ切れるか?サカドウ君はともかく、さっきのピエロの男は瞬間移動何て余裕でできるんじゃないだろうか。

そんなこと考えていると体が勝手に持ち上がった、と思ったら次には廊下の端の壁まで押し付けられていた。


「うぅ…。」


全身を打ち付けられたせいで頭がくらくらする。体がうまく動かせない。

目の前にはさっきのピエロ男が私の顔を覗き込んでいた。センスの悪い眼帯と恐ろしくはっきりと見える翠の瞳。細い輪郭に浮かぶ唇は笑みだった。


「いけませんネェ、こんなに暴れチャ。」


優しい声。それがかえって恐ろしく怖かった。

もうだめだ。ここで死ぬんだ。殺されるんだ。そんな…。


「い、いや…。」


もう、か細いかすれた声しか出ない。無理に声を出したから、キュッとのどが痛む。開きっぱなしの、瞬きをすることが許されない私の瞳はただただ無力に涙を流した。


「それでは…。」


男が腕を振り上げる。手にはジャグリング用のナイフ。

逃げなきゃ。どこに?どうやって?

体は金縛りにあったかのように硬直して動かない。


「サヨウナラ。」


嫌にはっきり聞こえた、ねっとりと優しい声。男が腕を振り下ろす。


「やっと見つけた。」


しかし、男のナイフは私に当たることはなかった。

突然耳元で聞こえた別の男の声。声変りを終えた落ち着いている。次に私の目の前に広がったのは白の着物だった。

誰かの背中にかばわれている。

着物の男は何かを振り下ろすとピエロの男は大きく後ろに下げってそれを避けた。着物の端から男が振り下ろしたものが見えた。

それは鎌だった。大きな、死神が使っているような鎌。

着物の男はピエロの男が下がったのを確認すると後ろを振り返り何のためらいもなく私を持ち上げた。足を持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこというもの。私は彼のしっかりした男の人の胸板に無抵抗に顔をうずめることとなった。


「このまま逃げるぞ。」


男は私にそう囁くと開いていた近くの窓から私もろとも飛び降りた。

えぇ、ここ3階なんですけど。

驚いて顔を上げると初めてそこで着物の男の顔を見た。風になびく、栗色の少し癖のある、ほんの少し長めの髪。整った顔立ちは真剣そのものの表情で、綺麗な黄色の瞳は少し目つきが悪かった。

男の人というよりは私より2、3歳年上の青年、というぐらいの幼さが残っている。

…なんて呑気に見とれているほど時間はなかった。

伊達に3階から飛び降りた滞空時間じゃない。すぐに地面が近づいてきた。

私は怖くて目をキュッと閉じたが、彼は全く動じず受け身の態勢を整えた。少し強い衝撃が体を揺らす。しかしさっき壁にぶつかった時と比べれば比ではない。


「おい、目を開けろ。もう大丈夫だ。」


彼の声が頭上から降ってくる。

そういわれてゆっくりと目を開けると確かに痛いところはどこにもなく、視界には先ほどまでいた階が見えていた。彼にゆっくりおろしてもらうとお礼を言うまでもなく、また彼が私を背中にかばって警戒態勢をとった。

何が起こるのかと思ったら上からまたピエロが降ってきた。ピエロはまるで3階など苦でもないかのように軽やかに着地すると先ほどまで身に着けていなかったまたしても柄物のマントを広げるとそこからサカドウ君が出てきた。


「ミコトさんどうして逃げちゃうの?」


サカドウ君がとても悲しそうに言う。言葉と顔はリンクしているのに状況だけがリンクしないのはなんでだろう。


「命を狙われたら誰だって逃げるよ!」


私の返答にサカドウ君は興味をなさそうに「ふーん」と返事をすると顔色一つ変えずに指でピエロ男に合図した。ピエロ男はサカドウ君のその合図を見ると一瞬で私達との間合いを詰めて、愉快そうにナイフを持ったその腕を振り下ろした。彼の鎌がそれを受け止める。


「オヤオヤ、貴方が彼女の相棒ですカ?」


ピエロ男が彼にそう聞くと彼は鎌を大きく振りピエロ男を離すと不機嫌に「あぁ、そうだよ。」と答えた。

その答えを聞いたピエロ男は満足そうに一層口の端を横いっぱいに広げるとさらに「その割には紋様がお互い出ていませんネェ。」と続けた。彼はそれに「これから契約するんだよ。」と淡々と返すと、今度は彼の方から一気に距離を詰め「だから、邪魔すんなぁ!!」と叫んで思いきり鎌を振り下ろした。

刃物と刃物が激しくぶつかり合う大きな音。次にはピエロ男のナイフが砕け散っていた。大きな音の後の静寂。静かなせいか、遠くからでも青年の荒い呼吸の音が聞こえてきた。


「シキ、今日はいったん引こう。」


サカドウ君の落ち着いた声。しかしサカドウ君表情は怒りに満ちていた。


「デスがナオト…。」


「チャンスはいくらでもあるよ。よかったね、ミコトさん。じゃあ、また学校で。」


今度はサカドウ君の表情も穏やかだった。言葉はおっかないけど。サカドウ君はそのまま言葉の通り私に軽く手を振りそのまま踵を返してピエロ男を連れて帰って行ってしまった。

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