【背景シナリオ】二年ぶりの貴方
一譲 計
二年ぶりの貴方
初夏のある日、私の元に一通の手紙が届いた。差出人の名前を確認してみると、女学校時代からの友人である栄子からのものだった。
「拝啓 新緑の候、如何お過ごしでしょうか。こちらはようやく桜の葉が揃い、そろそろ汗ばむ季節となって参りました。…」
書き出しは彼女らしく、几帳面に時候の挨拶から始まっていた。私なら、封書であっても平気で「前略」から始めていそう。
「変わってないなぁ…。」
クスッと笑った所で、私もズボラな性格はあまり変わっていない事に気づいてまた苦笑した。
そういう所は、学生時代から彼女にお小言を頂戴していたのだった。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。」
物思いに耽っていると、使用人の一人である栗田がお茶を持って来てくれた。
「ありがとう。ここへ置いてちょうだい。」
栗田はお茶と請けのスコーンをテーブルに置くと、軽くお辞儀をして下がって行った。久しぶりの便りにゆっくりと浸りたかったので、このタイミングでお茶を淹れてくれたのは有難い。心の中で栗田に礼を言う。
読み進めてみると、どうやら栄子はこの秋に嫁ぐらしい。
相手の方は高校の先生をされているとの事。卒業後に栄子が勤めていた高校で知り合って、1年あまりお付き合いをした末に求婚されたと書いてある。お父様には反対されたらしいけれど、お母様が上手く取り持って縁談がまとまったとか。
いまの時代、娘の恋愛に親が許すも許さないもないだろうに…などと考えるから、私は良人に恵まれないのかしら?
そして、結婚したら旅行などもなかなか自由にならないので、出来ればこの夏のうちに会いたいと書いてある…!これは願ってもない嬉しいお誘いだった。
就職先の都合で、卒業式の翌日には地元を発たなければならなかった栄子。彼女は式典の後に私を家に誘ってくれた。でもそんな事情を知らなかった私は、他の友人達と喫茶店で談笑などしたくて、後日にしてくれと断ってしまったのだ。
その翌日に電話をかけてみると、彼女を乗せた汽車は既に地元を発った後だった。私は前日の応対を悔やみ、責めて手紙を書くことにしたのだが。
「卒業式の日は悪い事をした。まさか貴方が翌日に発ってしまうなど知らなくて…」のような事を書こうとしたのだけれど、詫びのつもりがどうしても言い訳めいた文面になってしまい、あれこれと推敲している内にタイミングを逸して、何となくそれっきりになってしまっていたのだ。
そんなわけで、私は急いで了解の意を手紙にしたためた。
彼女は「盆に帰省するので、挨拶がてら顔を出す」と書いてくれていた。しかし、婚前最後せっかくの機会である。
私は軽井沢に幾つかある別邸の中から彼女が好きそうな趣の家を選び、少し二人で羽根を伸ばさないかとの提案を添えて、手紙に封をした。後日、栄子から提案に対する謝意と再会を期待するとの返事が届き、現在に至っている。
いま、私は別邸のテラスで彼女からの手紙を読み返している。
久しぶりの再会。彼女は社会で働き始めて2年経つ。世間知らずな私と違って、真面目で勉強熱心な栄子は沢山の経験や知見を得た事だろう。卒業式のあの日、私が彼女にしてしまった仕打ちは許してくれるだろうか…。
そんな事を考えていたら、少し緊張してきてしまった。
「お嬢様、お飲物をお持ちしました。」
あれこれと思いを巡らせていると、栗田がソーダ水を持って来てくれた。
「ありがとう。ここへ置いてちょうだい。」
栗田はテーブルにコースターを滑らせ、ストローを挿したグラスを置くと、軽くお辞儀をして下がって行った。
弱気なことを考えたものだ。相手はあの栄子。多少は文句も言われるかも知れないが、ちゃんと謝れば許してくれるに決まっている。
少し落ち着いた方が良いこのタイミングで飲み物を出してくれたのはありがたい。心の中で栗田に礼を言う。
私はグラスを眺めつつ、栄子を待っている。
季節は既に7月の終わり。
緑はいよいよ濃さを増し、避暑地の風は私の髪を優しく撫でながら通り過ぎて行く。
もうあと30分ほどで約束の時刻だ。
【背景シナリオ】二年ぶりの貴方 一譲 計 @HakaruIchijo
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