09-2
◆◇◆◇◆◇
「階段を透き通った人影が登っていったんだ! 後ろ姿だけだけど、あれはダルタン卿だった!」
「バルコニーに貴婦人のドレスを着た人間がいたんです。でも、振り返ったら……顔が骸骨だったの!」
「首のないメイドが廊下を歩いていたんだ! 本当だぞ! 嘘じゃない!」
「首を吊った女が、庭の木にぶら下がっていたのよ!」
イースグラム城の客間。そこに一同に会したダルタン卿の友人たちは、口々に自分が見たという幽霊を熱く語っている。
「いつからここはイースグラム城ではなく、陳腐な幽霊屋敷に変わったのだ」
一方で、徹底的に冷めているのはエルロイドだ。
「同感ね。幽霊が一度に大挙して押し寄せるわけないじゃない。ムードもなにもないわよ」
彼の隣でマダム・プリレが同意する。
「意外だな。君は幽霊を信じないのか?」
「ブホホホホホ! エルロイドちゃんほど頑迷じゃないけれど、見ての通り天才美少女賢者のアタクシは目利きなの。本物と偽物の区別くらいはちゃんと付くわよ」
彼女はそう言うと、近くのテーブルの上に置いてあった装置を肉厚の手で叩く。
「これ、な~んだ?」
「蓄音機でしょうか?」
マーシャは顔を近づける。
「正解、って言いたいけどはずれっ! 懐かしいわね。これは故郷でよく見た尋問……じゃなくて催眠装置よ」
「催眠装置?」
「そう。島と城のあちこちに仕掛けてあるわよ。貴石を介した特殊な振動波で、近くの人間に暗示を擦り込むことができるの」
「にわかには信じがたいが……」
エルロイドも疑わしげな顔をする。何やら、マダムの話は怪しげになってきた。
「もちろん、うまく行くかどうかかなり振れ幅があるわ。アタクシも試作品をいくつか見ただけよ。きっと、みんなが見ている幽霊は、これで作り出された幻覚ね。ついでに、行方不明の船もこれが原因。アタクシたちの目に見えないように、隠されているはずよ」
この肥満体の女性は、自称北方の亡命貴族である。故国を捨てて亡命するくらいなのだから、国の暗部を見てきたのだろう。ただし、マダムの身の上が本当である保証など、どこにもないのであるが。
「それに、これを見て」
続いて、マダムは二人を部屋の一角に案内した。そこでは、あちこちからパイプを突き出した不格好な装置が駆動している。
「これは?」
「キルガニー収集機よ」
「ええと、それって、以前教授がジンさんのところで作ってもらったけれど、一日で故障した…………」
「あれは投影機だ。こちらは収集機。ちゃんと聞きたまえ。初歩的な間違いだぞ。だが、なぜこんなものがここにあるんだ?」
機械音痴のマーシャの間違いを、すかさずエルロイドが訂正する。
「元からあったって感じじゃなさそうね。後からこの部屋に置かれたって気がするわ。それも、調度品に隠れる形で。匂うわねえ」
「ならば、これの回線はどこにつながっている?」
その疑問に、マダムは顔を歪めて笑みを浮かべた。
「うふふ、気になるわよねえ。この回線の行き着く先に何があるのか、アタクシもちょっと興味がわいて来ちゃったわ」
◆◇◆◇◆◇
「フォリーさん」
「あら、あなたは……」
マーシャはエルロイドとマダムから離れて、バルコニーで一人佇んでいるフォリーの元を訪れていた。
「エルロイド教授の助手の、マーシャ・ダニスレートです」
「え、あ、そう、そうね。マーシャさん。どうしたのかしら?」
丁寧に挨拶するマーシャに、フォリーは少し鼻白んだ様子を見せた。
「だいぶ、お疲れになったのではないですか?」
「そんなことはないわ。この程度のこと、予想の範囲内よ」
強気を見せたフォリーだったが、すぐにそのペルソナははがれる。
「――と言いたいけれど、さすがにちょっと堪えたわ」
そう言って苦笑するフォリーを見て、マーシャは進み出る。
「お隣、よろしいですか」
「ええ、いいわよ」
静かに自分の隣におさまったマーシャを見て、フォリーは目をしばたたかせた。
「不思議な人ね、あなた」
「そうでしょうか。私としては、自分程度などただの一般人だと思っていますけど」
「そういうところが、よ。あなた、出身は?」
「コールウォーンです。そこの名士のお住まいで、ずっと小間使いをしていました」
「ロンディーグには?」
「まだ不慣れですね。助手のお仕事が見つかってほっとしたんですよ」
「……ぶしつけな言い方をするけれど、コールウォーンってかなりの田舎よね」
「そうなんです。こっちに来るまで、自動車なんて見たこともほとんどなかったんですよ」
「そうなの?」
「はい」
「……そんなに田舎だったかしら?」
打てば響くような反応を見せるマーシャに、フォリーは少し首を傾げた。
「まあいいわ。あなたはそんな田舎の出身なのに、まるで物怖じする様子がないの。今ここにいるのは、どっちを向いても私の連れてきた使用人以外は、みんなあなたよりも身分が上なのよ」
フォリーの目が、客間で所在なげに佇むダルタン卿の友人たちを見る。
「それなのに、あなたはちっとも気後れしたり、萎縮している様子には見えないわ。そして周りも、あなたがそういう風に振る舞ってもいぶかしく思う様子もない。本当に不思議な人」
そう言って、彼女はため息をついた。
「――私のおじが生きている間に、あなたと会って欲しかったわ。あの人はそういう刺激を欲しがっていたのよ」
「フォリーさんは、本当にダルタン卿のことがお好きだったんですね」
「そんなことないわよ。いつもいつも、突飛な行動ばかりして困った人だったわ。いつだったか、未踏大陸のおみやげで不気味な呪術の人形をプレゼントしてきたときは困ったけど。突き返してやったわ」
くすくすと笑うマーシャを見て、フォリーの乾きかけた唇にも笑みが浮かんだ。
「今回だって、思い出話をして欲しければ、何もこんな幽霊城に皆を招かなくてもよかったのに。でも、本当はいい人だったわ。大きな子供みたいで、いつだって皆を引っ張って、引っかき回して、そのくせ包容力があって、頼りがいがあって、場を明るくする人で…………」
そこまで言って、フォリーはマーシャが自分をじっと見ているのに気づいた。
「な、何よ。身内のことを持ち上げるのは当然でしょ。おかしい?」
「そんなことありませんよ。仲良きことは美しいことですから」
恥ずかしかったのか、顔を赤らめて語気を強めるフォリーを、マーシャはあしらう。
「ふん、口ばっかり上手なんだから、あなたは」
その程度では、フォリーの機嫌は直らないらしい。
「私のお仕えしている教授も、卿とそっくりの方ですよ。我が道を行く人で、常人に理解できない思考の持ち主で、プライドが高くて、変わり者で、偏屈で…………」
マーシャの淀みないエルロイドの評価に、フォリーは返答に窮する。
「そ、それはすごいわね。あなた、よく助手でいられるわね」
「だって、私は知ってるんですよ。教授のいいところだって、ちゃんと。フォリーさんとダルタン卿との関係と、似ているんじゃないですか?」
マーシャの言葉に、フォリーはしばらく考えていたが、やがてうなずく。
「確かにそうね」
かくして、夜は更けていく。密室と化したイースグラム城で、謎の幽霊たちと共に。
◆◇◆◇◆◇
「我々はこの城の謎を解かねばならないのである! 未だ迷妄に取り憑かれて怯えている人々を救う為にも、卿の名誉を回復させる為にも!」
次の日、エルロイドはダルタン卿の私室で、フォリーたちを前にして再び熱く語っていた。
「ということで、イースグラム城の捜索、許可していただけるかしら」
マダム・プリレが具体的な目的を告げる。
「もちろんです。願ってもない話で、感謝します」
フォリーは首肯する。
「それで、このキルガニー収集機の回線をたどった先に、何かある可能性が高いとのことですね」
「そうなのよ。昨日エルロイドちゃんと軽く調べてみたけど、おおよそこの階の回線は、全部ここ、卿の私室にたどり着いているの。怪しいわね、ブホホホホホ!」
「見たところ、何か装置が置かれているようには見えませんが?」
マーシャが周囲を見回すが、怪しげなものは見つからない。
「ふん、君たちは観察力にだけ頼っているな。情けない話だ」
ここぞとばかりに、エルロイドが胸を張る。
「鋭い観察力、明晰な思考力、躊躇ない実行力。いずれも必要だが、秀才はそのさらに上を行く。なぜか分かるかね?」
エルロイドは周囲を悠然と見回す。
「――天性の直観力。まずそれがあるからこそ、才人はスタートラインからして凡人と異なるのだ」
「教授、自画自賛はいいですから――」
「マーシャ、今いいところなのだから邪魔をしないように」
長くなりそうなのでマーシャが突っ込みを入れ、その発言に嫌な顔をしつつ彼は本棚に近づいた。
その手が一冊の事典をつかんで引っ張ると、ゆっくりと本棚自体がスライドしていく。
「見たまえ。君たちの観察力では、ここまでは見抜けなかっただろう?」
その裏にあったのは、秘密の通路だった。
「すごいわ! さすがエルロイドちゃん。冴え渡ってるわねえ!」
「こんなのがあるなんて知りませんでした!」
「なに、実に初歩的な推理だ」
得意満面な様子のエルロイドに、マーシャは尋ねる。
「どうして分かったんですか?」
「男の浪漫だ。秘密の通路といえば、本棚の裏と相場が決まっているだろう?」
大まじめな彼の返答に、マーシャは呆れた。一瞬尊敬の念を抱いて損した気分である。どうやら昨日のフォリーの発言と合わせて考えると、ダルタン卿はエルロイドの同類らしい。
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