09-3



 ◆◇◆◇◆◇



 通路は階段へと繋がり、その先は地下に通じている。


「何なんです、これは?」


 天井と壁を這う回線を見つつ、マーシャは尋ねる。


「収集機で集めたエネルギーを、一箇所に集積しているようだな」


 マダム・プリレによると、キルガニー収集機は貴石を通じて、感情と思考によって発生する生体エネルギーを収集する機械らしい。


「どうしてそんなことを?」


 フォリーがいぶかしげな顔をしつつ、指で回線に触る。今頃ここには、城に閉じ込められて幽霊を見せられた来客たちの、過剰に生産された生体エネルギーが伝送されているのだろう。


「城の光熱費を浮かせるためでしょうか?」

「エステのためね。アタクシには分かるわ!」

「知性をさらに高めるためだ。当然だろう?」


 三者三様の意見は一致を見ることなく、皆は目的地とおぼしき場所にたどり着いた。


「ついたようだな」


 頑丈な鉄扉を前にし、エルロイドはためらうことなくノブを回す。鍵はかかっていない。


「では私も」

「マーシャ、君は下がっていたまえ」

「いいえ。教授が行かれるのでしたら、従うのが助手の仕事ですので。職務放棄は私の生き方に反します」

「ふん。勝手にしたまえ」


 さして嬉しそうな顔もせず、エルロイドは扉を開けて中に入る。続いてマーシャが入り、その後からマダムとフォリーが続いた。


「漢字……?」


 最初にマーシャの目に飛び込んできたのは、部屋の壁と床と天井に書かれた、見慣れない文字だ。東洋で使われる漢字に違いない。複雑な図形と共に、それがびっしりと記されている。


 四隅には大きな装置が置かれ、そこにいたのは――。


「あ、お客さんだ」

「お客さんかな?」

「お客さんだよね?」


 全身に電光をまとい、機械工の使うような道具を持った小人が三人。


「どーも、妖精です」

「たぶん妖精です」

「きっと妖精かも?」


 楽しげに自己紹介する小さな彼らに、マーシャは聞く。


「あなたたち、ここで何をしているんです?」



 ◆◇◆◇◆◇



「とりあえず直りました」

「苦心惨憺」

「一生懸命」

「爪に火を灯す勢いで」


 装置の上で跳ね回っている妖精たちを見て、エルロイドが興味をそそられている。


「これは何だね?」

「簡単に言えば、機械類に取り憑く妖精ですね。いろいろな機械に取り憑いて、それをこっそり壊してしまうんです」


 マーシャの説明に、妖精たちは一斉にブーイングをする。


「うわー風評被害」

「説明不足です」

「愛情も不足しますよ」

「……と言っても、いたずらのレベルですけどね。すぐに元に戻してしまいますから、大抵気のせいで終わってしまうそうです」


 マーシャが妖精から聞いたところによると、彼らの存在理由はそんなところらしい。


「だが、ここにある機械は壊れたままだったのだろう。それはどうしてだ?」

「このお城に雷が落ちました」

「だから装置、壊れました」

「そして、私たちが生まれました」

「あれ? 逆でしょ?」

「そうだっけ?」

「覚えていないので説明の義務はありません」

「でも今、お姉さんに頼まれました」

「女王様の命令みたいです」

「だから装置、直しましたよ」


 一度に妖精たちがまくし立てたが、エルロイドは何とか理解できたようだ。


「本来ならば正常に動くはずの装置は、今まで落雷によって故障していたということか。そして今、妖精たちが修理したということは……」

「ええ、正常に本来の役目を果たすことでしょう」


 マーシャの言葉と共に、部屋の床が動き出した。円陣のようにして描かれた漢字と線が作り出す中央の床板がはずれ、中から柩が出てきた。その蓋が開く。


「…………ふう。いやはや、やはり失敗か。そうそう簡単に、八卦を合わせ、四象を辿り、陰陽を結び、太極には至れないものだな」


 中から姿を現したのは、身長二メートルに達しそうなほどの巨漢だった。ライオンのたてがみのような白髪とひげを生やしている。


「お、お、お…………おじ様!」


 絶句するフォリーを見て、巨漢が破顔する。


「おお、そこにいるのはフォリーか。よくここが分かったな。むむっ! それにエルロイドじゃないか。さてはお前だな、フォリーをここに連れてきたのは。それに誰かと思えば、マダム・プリレまでいるぞ。ははははは、お前たちがフォリーと一緒ならば、ここまで来られたのもうなずける話だ。なかなかやるじゃないか!」



 ◆◇◆◇◆◇



「あ~とにかく、全員儂の実験に付き合ってくれてありがとう! 感謝している! 愛している!」


 私室で熱い紅茶を飲みつつ、巨漢は大げさに感謝する。彼こそ、今まで行方不明になっていたダルタン・イースグラムである。


「実験ですか!? ただの! ただの実験に、おじ様は沢山の人を巻き込んだんですね! そうですね!?」

「返す言葉もないのう。だが、そうしないと儂は目覚めなかったわけだからなあ。一人の人命を救うのに、犠牲はつきものだろ? それともフォリーは、儂が二度と目覚めなかった方がよかったのか? おじとして、それは少々悲しいんじゃが……」

「そ、そんなことは言っていません!」


 かんかんに怒っているフォリーだが、突如その舌鋒が弱まる。


「私だって、おじ様が無事で嬉しいんですから…………」


 何だかんだ言って、彼女も敬愛するおじに再開できて嬉しいのだ。


「ダルタン卿、実験を重ねて自らが求める真実へと至らんとするその求道心、それ自体は敬服する。だが、少々方法がずさんだね。私ならば、もっとうまく、より速やかに、目立たない方法で行う自信がある」

「う~ん、目立つも何も、こうしないと駄目だったんじゃよ」


 無駄に自信に満ちているエルロイドの言葉に、さすがのダルタンも困った顔をする。


「もう、ダルタン卿ったら焦らしてばかりじゃ嫌よぉ。ちゃんと順を追って、教えて下さいな。ね?」

「おうおう、儂もそうしたいと思っておったわ。じゃあまず、『尸解仙』という言葉は知っておるかね?」


 そして、東洋に存在する仙人についての講義が始まった。彼らは自然と一体化して不老不死となり、個人として究極へと至っている。この仙人を目指したのがダルタン卿である。尸解仙とは、仙人になる為に尸、つまり死体を置き去りにする方法だ。本家では偽の死体を用意して仙人になるとされているが、彼は肉体を捨てて昇華すると解釈している。


「……ということで、儂は尸解仙の装置を組み上げた。地脈の結節であるこの場所も用意した。仙人になる羽化登仙の準備は整ったわけじゃ。だが、やはり万一失敗した場合のことも考えておかなければならないと思ってのう。仙人にもなれず、フォリーにも会えない状態はさすがにごめんじゃ」


 仙人になるには長い修行が必要とされるが、ダルタン卿はそれらの過程を装置で短縮化するつもりだったらしい。東洋の神秘を組み込んだ装置は用意できた。エネルギーのラインである地脈が集中する場所として、この城を選んだ。準備は整ったが、さらに彼は蘇生の為の準備も整えていたのだ。


 ダルタンの解釈による尸解仙は、肉体を捨てる。成功すれば仙人になり、肉体には囚われなくなる。だが失敗すると、肉体は仮死状態になったままで終わってしまう。待っているのは緩慢な死だ。そこでダルタンはキルガニー収集機で生体エネルギーを集め、仮死状態に陥った自分を蘇生させるよう保険をかけておいたのだ。


「じゃが、まさか落雷で装置が動かないとは思わなかったぞ。いやはや、エルロイドにダニスレート嬢、儂を目覚めさせてくれて本当にありがとう。二人は儂の命の恩人じゃ!」


 終わりよければすべてよし、と言わんばかりに大笑いするダルタンの横で、フォリーが疲れ切った顔をしている。


「結局、全部おじ様の自作自演だったわけなんですね……」



 ◆◇◆◇◆◇



「まったく、たいした御仁だ」

「本当にそうでしたね。誰も怒っていなかったですから」


 汽船から下り、マーシャとエルロイドは歩いている。ダルタンが姿を現せば、彼の友人たちはそれまでの不機嫌な様子など捨てて、彼の帰還を純粋に喜んでいた。ダルタンの豪放磊落な人柄故だろう。


「マーシャ、どうした?」


 エルロイドがマーシャの顔を覗き込む。


「気分が優れないように見えるが……?」


 彼の指摘に、マーシャは一瞬顔を背けた。だが、やがて決心したように彼の顔を見つめる。


「教授」

「何だ」

「尸解仙の法は、成功していたんです」


 彼女のその発言は、正真正銘の爆弾だった。


「……な、なに?」

「ですから、ダルタン卿はお気づきではなかったようですが、羽化登仙は成功したのです」


 エルロイドは臆する様子もなく、マーシャの目を見つめる。その緑色に染まった左目を。


「……見たのかね?」

「はい。この左目で。ダルタン卿の背中から生える、昆虫のような二枚の薄い羽根が見えました」


 彼女だけには見えていた。ダルタン卿の背に、羽が生えていたのを。それは、彼が知らずに人を捨てていた証だろう。


 エルロイドはしばらく黙っていたが、やがて深々とため息をついた。


「…………知らぬは本人ばかりなり、か」

「ええ」


 自ら知ることなく、ダルタンは仙人の領域へと足を踏み込んでいた。それがどのような結末へと至るのか、マーシャは知らない。エルロイドも知らない。彼が今後どうなるのか、誰も知らないのだ。


 しかし、マーシャは見てしまった。彼が人道を踏み外しているという、現在だけを。その将来も分からないまま。


「マーシャ」


 やがて、エルロイドは立ち止まると口を開いた。


「はい」


 彼はマーシャを見たまま、しばらく無言だった。しかし、やがていつになく優しい語調で、エルロイドはこう言うのだった。


「――見えるというのも、辛いものなのだな」



 ◆◇◆◇◆◇



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