09・孤島の密室 と 即席の幽霊屋敷 の 話
09-1
◆◇◆◇◆◇
古色蒼然とした城の前で、十数名の男女が口々に何やら叫んでいる。
「いったいどうなっているんだ!」
「こんなことになるなんて聞いていないぞ!」
「何とかならないのかね!」
「こんなところ、一秒だっていられないわ!」
言い争っているのではない。発言内容はまちまちだが、要約すると全員、「ここから出たい」と言っているのだ。
「落ち着きたまえ、諸君」
と、ここで一人の男性が飛び交う言々句々の合間を縫って大きな声を上げた。ちょうどよいタイミングだったらしく、男女は口を閉じてそちらに注目した。発言の主は、もちろんエルロイド教授である。隣に礼服を着たマーシャを連れている。普段着や侍女の服装と違い、着飾るとマーシャはある種の気品さえ漂わせている。
「状況をまとめてみよう。現在、我々が乗っていた船がない。我々は湖の中心にある孤島に、正確に言えばここイースグラム城に閉じ込められている状態だ。船が我々を置き去りにして出港したのか、それとも隠されたのか、はたまた沈められたのか。詳細は不明だ。ただ言えることは一つ」
エルロイドは含みを持たせつつ、周囲を見回す。
「我々は、この島から出ることができない。通信も無理だ」
その事実を突きつけられ、再び男女は取り乱す。
「落ち着きたまえ、と言っただろう。みっともなく騒ぐのは紳士淑女の所業とは思いがたい。この私を見習いたまえ」
周りの狂乱を尻目に、むしろエルロイドは楽しんでいる様子で言葉を続ける。
「面白いではないか。まるで推理小説の冒頭だ。我々は外部との連絡を取ることができないまま、否応なく事件に巻き込まれていくのだ」
何人かの特に若い男女は、彼の言葉に顔を青ざめさせる。最近の流行りは、荒唐無稽な空想科学小説だけではない。密室や孤城、はたまた無人島などで行われる殺人事件を扱う推理小説も人気だ。
「しかぁし! 私たちは物語の登場人物のように事件に振り回され、あるいは犯人に殺され、あるいは逃げようとして死ぬ役回りではない!」
ここぞとばかりに、エルロイドは力説する。
「さあ諸君! 城に戻ろう。そして、この事件を解決しようではないか。我々が物語の主役となって、物語を完結まで導くのだよ。実に興奮するね!」
ひとしきり喋り終え、エルロイドは満足した様子で城の入り口へと向かう。他の人々も、毒気を抜かれた表情でためらいがちにその後へと続いた。
「どうだね。素晴らしい演説だろう?」
肩をそびやかせながら、エルロイドは隣を歩くマーシャに話しかける。
「皆様の恐怖心を取り去るのかかき立てるのか、判別しにくい表現ではなかったかと」
「どちらも目的ではない。楽しむのが目的だよ」
「そうですか……」
案の定ぶっ飛んだ彼の発言に、マーシャはがっかりした様子で眉を寄せる。礼服を着ているので、どこかの貴族の令嬢と言っても十分通用する丁寧な仕草だ。
「それに、これで彼らの注目はこの私の発言と目的に向けられた。優秀な私の人心掌握のスキル、君も参考にするといい」
「はいはい。了解です」
気のない返事だが、エルロイドは怒る気配もない。
「こうすれば、彼女に不満の矛先が向くことはないだろう」
そう言うと、彼は城の窓を見上げる。
「イースグラム城の所有者にして、半年前に行方不明になったダルタン・イースグラム卿。その姪にして、私たちをここに招いた張本人である、フォリー・イースグラム嬢に、だよ」
◆◇◆◇◆◇
「ヘンリッジ・サイニング・エルロイド教授、お心遣い、大変に感謝いたします」
イースグラム城の一室で、一人の年若い少女がエルロイドに対して感謝していた。短めにカットした黒髪に鋭い眼差しをした、細身で気の強そうな少女だ。彼女が先程エルロイドの演説を窓から観察していた、フォリー・イースグラムである。
「ブホホホホホ! まったくもう、エルロイドちゃんも女性には優しいのねえ。普段は堅物、困ったときには紳士。その落差にレディはもうメロメロよぉ! ブホホホホホ!」
部屋にいるのはエルロイドとフォリー、そしてマーシャ。さらにどういうわけかあの巨体の女性、マダム・プリレも同席していた。
「私はいつでも紳士だ。そして男女平等である」
遠慮のないマダム・プリレの呵々大笑に、エルロイドは不満げな様子を隠さない。
「大丈夫ですか、フォリーさん」
二人のやり取りはさておく形で、マーシャはフォリーに話しかけた。
「ええ、ありがとう。私は平気よ」
気丈な様子で、フォリーは軽く微笑んでみせた。だが、それは虚勢であることは誰の目から見ても明らかだった。
「疲れたときには甘いものを摂りたまえ。脳細胞が活性化し、よい思考が導き出される」
そう言って彼女にテーブルにあったキャンディーの載った皿を勧めつつ、エルロイドは本題に入る。
「さて、もう一度情報を整理しよう。フォリー嬢、説明を」
彼女はキャンディーに手をつけず、一度うなずいてから姿勢を正した。
「私のおじである、皆さんもご存じのダルタン・イースグラムが、この島で消息を絶って半年経ちました」
「どのようにして?」
「分かりません。おじは時折この城に、使用人も連れず一人で訪れることがありました。長くても四日程度ですが。ですが、あの時は一週間経っても戻らない為、家族と使用人で捜したのですが、見つかりませんでした」
「船は?」
「私有の汽船はそのままです。いくつかあるボートも、なくなってはいませんでした」
「つまり、ダルタン卿がこの島を抜け出した、あるいはボートで漕ぎ出しているときに湖に転落した、という可能性は低いわけか」
エルロイドは腕を組む。季節的に見て、水泳をしていておぼれた可能性も低い。
「皆無じゃないの?」
マダム・プリレが横から口を挟む。
「可能性を追求していったらいくらでも出てくる。それこそ、月から宇宙人がやって来て卿をさらっていった、という可能性もゼロではないわけだ」
彼の言葉に、マダムは笑顔で応じる。
「別世界の魔法によって向こうに召喚された、という可能性だってあるわけね」
「それはない。皆無だ。魔法などというものはこの世界に存在しない。もちろん、別世界においてもだ」
あいにくと、宇宙人は認めても、決して魔法だけは認めないのがエルロイドのポリシーである。
「それはさておき、フォリーさん、続けて下さいますか?」
マーシャが促すと、フォリーは二人のやり取りに特別関心を示さず、先を続ける。
「おじは、自分にもしものことがあったら読むように、と手紙を残しておかれました。そこには、半年後くらいにお二人を初めとする、親好のあった多くの方々を島にお招きして、皆で自分の思い出話に花を咲かせて欲しい、と書いてありました」
「ということは、あなたのおじ様、自分が行方不明になることを予感していたってことになるわね」
マダム・プリレが不思議そうな顔をする。この屋敷に招かれた人間はマーシャを除き、ダルタン・イースグラムとは交際がある身だ。貴族にして冒険家のこの男性は、世界各地の神秘に関心のある好事家として、西へ東へと忙しく駆け回って好奇心を満たしていた。まさにバイタリティの塊のような男である。友人がこれだけ多いのもうなずける。
「こうなることも、織り込み済みだったということになるのか」
「おじの願い通りにしたのですが……どうしてこんなことに…………」
フォリーはがっくりと肩を落とす。楽しい親好の場が、突如脱出不可能の牢獄に変わってしまったのだ。いくらエルロイドがかばったとはいえ、周囲から責め立てられてフォリーは相当まいっている。
「元々、ここは幽霊の出る城と言われる場所なんです。昔この地方を治めていた領主が血の涙もない暴君で、多くの無辜の人々を悪魔の生贄に捧げていたという伝説があります。だから、今もこの城には当時の犠牲者の未練が残り、訪れる人に害をなすと…………」
だんだんと妄想が膨らんでくるフォリーの肩を、マダム・プリレは肉厚の手でさする。
「ダルタン卿はそういう伝説やお話が大好きだったからねえ」
「この島は本当に呪われているのではないでしょうか!? だから、私たちもここから出られないし、そしておじも幽霊に呪い殺されて……私たちも、一人一人この島で……!」
「下らん発想だ。貧相な上に迷信深く、稚拙な上に独自性に乏しい」
だが、彼女の妄想はエルロイドに一蹴された。
「フォリー嬢。科学が無知と迷妄を駆逐しつつあるこの時代を生きる女子として、何という前時代的な発言だ。死んで脳細胞が壊死した人間が、どうして思考できるというのだね。幽霊? 亡霊? 死霊? まして死者の呪い? 馬鹿馬鹿しい。生者と意思疎通ができる存在は生者だけだ。だとすると幽霊は死者ではない。そんなことも分からないのかね」
ここぞとばかりに冴え渡るエルロイドの痛罵に、フォリーは目を白黒させている。外見はダルタン卿の姪として気丈そうだが、中身はやはり十代の少女である。
「まったく、ダルタン卿の姪がそのような無知でどうするのかね。ここに集まった卿の友人たちも、帰れないことで騒ぎこそすれ、幽霊如きに怯えることなど――――」
エルロイドがそう言っていたときだ。激しいノックと共に、ドアが大きく開かれた。
「イ、イ、イースグラムさん!」
「どうしてあなたは、こんなところに私たちを呼んだんですか!」
一組の男女が、片方は真っ赤な顔で、片方は真っ青な顔でがなり立てた。
「出たんですよ! 出たんです!」
「幽霊が! ダルタン卿の幽霊が、この城にいるんです!」
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