03-2
◆◇◆◇◆◇
「素晴らしい、素晴らしいぞこれはっ!」
「だろう。このアームの付け根辺りは我ながら会心の出来だぜ。コンパクトかつ頑丈! ロンディーグの裏通りまで探したって、ここまでできる機械工は見つからないね」
「ふっふっふ、ジン。君のその自信過剰な台詞には常日頃から辟易していたのだが、今日ばかりは見逃してやろう。私は寛大だからな」
「大きなお世話だぜこの万年変人インテリが」
「自分が知性に欠けるからといって、知性に溢れる私を罵倒するのはやめたまえ機械フェチ風情が」
工房とおぼしき地下室で、大の大人たちが子供のように目を輝かせつつ、そのくせ口では互いを罵っている。
「あの…………」
まさにサバトか奇祭かという現場に、一人取り残されているのがマーシャだ。
「あの!」
「ん? 何だねマーシャ」
ようやく正気に戻ったらしきエルロイドが、渋々彼女の声に応じる。
「これ……いったい何なんですか?」
マーシャが指差したのは、床に置かれた巨大な背嚢のような四角い機械だ。外見こそ背嚢に近いが、珍妙なのは左右にアンテナやらアームやらパイプやらレンズやら、わけの分からない機械が取り付けてある点だ。
マーシャの疑問に答えたのは、この機械の製作者であるジンだった。正式な名称はキルガニー投影機。小型のエンジンが搭載され、内部には特大の貴石が収められている。内部の貴石が常に発している特殊な振動波を内部で増幅し、三百六十度に回転するアンテナを通して周囲に放射……もといまき散らす装置とのことだ。
「それが、いったい何の役に立つんですか?」
機能こそ分かったものの、肝心の用途はさっぱり分からない。
「まったく、これだから」
「そうそう、これだから……」
マーシャの質問に、男二人は同時に肩をすくめて鼻で笑う。
「女性は困る、とでも言いたげですね。そうおっしゃりたいのですか?」
気色ばむ彼女を、エルロイドは軽くあしらう。
「まさか。夢と浪漫を理解できない輩は困る、と言いたいだけだ。性差など些細な問題だ。膨張した胸部の有無と外性器の形状の違い程度、妖精と人間の差に比べれば無きに等しい」
「教育者の言葉として非常に聞き苦しい発言にはあえて耳を貸さないとして、もう一度お聞きしますがこれは何をする機械ですか?」
いろいろとげんなりするマーシャに、エルロイドはようやくその用途を告げた。
「これは、妖精を見る機械だ」
「はい?」
妖精と機械という相容れない言葉に、マーシャが首を傾げるのと同時に。
「そうそう。だからほら、ちょっとこっちに来てくれ」
それまでエルロイドの隣にいたジンが、工房の片隅に移動する。
そちらにはいくつかの虫眼鏡と、強力そうなライト。さらには何やら眼科医が使いそうな道具が無造作に作業台の上に置かれている。
「ほら、ここに座って」
言われるがままに、マーシャは作業台の側の椅子に座る。
「少し、調べさせてもらうぜ。こいつはまだ試作機だからな」
そう言うとジンは、虫眼鏡を取り上げて彼女の左目に近づけた。
◆◇◆◇◆◇
「うう……まだ左目がチカチカします。左目だけ、星が空から降ってきているみたいです」
日が沈みつつある夕刻、マーシャは左目を押さえつつエルロイドの隣を歩いていた。あれからしばらくの間、妖精を見ることのできる左目をみっちりと調べられたのだ。貴石を使った奇妙な装置まで左目に押し当てられたのには、さすがに閉口した。
「科学の進歩発展に寄与できたのだ。私ならば今すぐダンスを踊るくらいに喜ばしいことだね」
「教授はそうおっしゃいますけど、涙が出っぱなしで困るんです。なんだか、瞼の調子もおかしいし……」
「ましてや、女王陛下のお望みに少しでも近づくことができたのだ。これを光栄と言わずして何と言う?」
「はいはい。教授は素晴らしいお方ですねー」
彼女の疲弊など、エルロイドにはつゆほども伝わっていないことがよく分かり、さすがのマーシャも受け答えが雑になる。
「心がこもっていない言い方だな。真実を表現するのに最適の方法ではないぞ。私の知性と業績とこれから行われるべき偉業を讃えるには、もっと強く感情を込めて、心から真実だと確信し、さらには――――」
しかし、マーシャの耳は彼のたわごとを右から左に聞き流していた。
「――――ッ!」
彼の言葉が、聞くに堪えなかったからではない。その左目が、街路樹の陰からのっそりと姿を現したものを凝視している。黒く毛深い大型犬だ。その首から下までは。首から上は、イヌの頭骨が剥き出しになっている。空っぽの眼窩に、青い火が灯る。
「……マーシャ?」
マーシャの硬直と言っていい立ちすくみ方に、さすがにエルロイドが怪訝そうな顔を向けた。
「いえ、何でもありません。行きましょう」
極力気づかないふりをしようとして彼女が平静を装った時。
「ねえ」
軋るような、のたうつような声が聞こえる。
「ねえ きみ」
あどけない子供のような声質が、かえっておぞましい。
「ぼくがみえているんでしょ? なんでみえないふりをするのかな」
間違いなく、そのイヌはこの世のものではない。
「こっちをむいてよ ねえ ねえ ねえってば」
ゆっくりとこちらに近づいたその不気味な黒犬は、マーシャの顔を見上げる。骨だけになった顎骨の間から、鮮血の色をした舌がのぞく。身が竦むが、それでもマーシャは懸命に無視する。
「どうしてもみたくないの? どうしても? どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても?」
奇怪な声を上げつつ、イヌは彼女の周りをぐるぐる回る。妖精。一応そう呼ぶべきだろう。だがその本質は、おぞましく異質極まるものだ。マーシャは何度もこの手の異形を見ている。常ならばうまく無視してきた。だが、今は左目がおかしい。
「じゃあ どうしたらぼくのほうをみてくれるのかな」
ジンの工房でいろいろ左目を調べられ、今彼女のいわゆる二枚目の瞼はうまく閉じないでいる。見たくもない存在を、勝手に凝視してしまう。
「いろいろ ためしてみようかな たとえば」
突如、イヌは身を翻し、まったく妖精の存在に気づいていないエルロイドに近づく。
その口がバネ仕掛けのように開くや否や、ステッキを握るエルロイドの手に齧り付こうとし――――
「――やめて下さい!」
見えないふりをすることを忘れ、マーシャは叫んでいた。
「ほら やっぱり」
イヌの顔は骸骨なのに、にやりと笑ったように見えた。
「マーシャ、誰と話しているのかね」
ここに来て、ようやくエルロイドが異変に気づいたらしい。
「いえ、その……」
彼女の目が一点を見据えていること、特にその左目が緑色に輝いているのを、素早くエルロイドは確認する。
「……なるほど」
そして、自信ありげに何やらうなずく。
「さて、今日という日は記念すべき日だ。何しろこの私、ヘンリッジ・サイニング・エルロイドが実験ではなく実地で、キルガニー投影機を使った日なのだからね!」
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