第三章 6 feat.はるさめ

「シャ……ル……」

 僕は掠れた声で彼女の名前を呼んだ。

「どうしたのよ、情けない顔して」

 シャルはほっとしたような、しかしどこか見下すような、なんとも言えない表情で言った。


「あらあら、何をしに来たのかしら。あなたみたいな雑魚魔術師ちゃんが来ていいところじゃないわよ?」

 ユナさんはシャルに杖を向けていた。

「ふんっ!ほんと、鬱陶しい人ね……。でもなぁ!てめぇに殺されるためにノコノコやってきた訳じゃねぇんだよ!」

 若干ヤンキーのような口調になっているシャルは気にしちゃいけないのかもしれない……。

 僕が少し引いていると、シャルは体の前に手を出した。

 すると、手のひらの前に光をも吸収してしまいそうな裂け目が出来た。

 シャルは、そこに手を入れ、中から分厚い本を取り出した。

「解き放たれし月下獣シ・ベスティア・ネイパー・エグリエーター

 シャルが呪文を唱えると、その謎の本が光出した。

 僕は絶句した。

 本が光ったことじゃない。シャルに起きた変化に。

 シャルの美貌は何処へやら、鋭い目つきに口からはみ出す牙。全身真っ白の毛や地面につくほどの尻尾が生えた。

 シャルはあっという間に4本脚の白い虎に変わった。

「ガルル……」

 シャルはユナさんを前に低く唸った。

 しかし、ユナさんは全く動じず、依然としてシャルを見下している。

「それは何といった本だったかしら……?高価なものだったわよねぇ……。でも…… そんなもので自分の魔力をブーストしても無駄よぉ」

 その言葉を聞いて癪に障ったのか、シャルが力強く地面を蹴った。

「だって……所詮虎だものねぇ。私、ずっとあなたのこと探してたのよ」

 そう言ってユナさんは軽く杖を振った。シャルはまるで軽いボールのように吹き飛ばされた。



 あぁ……私何やってんだろ……。

 私は自分の腹から溢れ出る深紅の血を眺めて思った。


 この血……あの時と同じだ……。


 ふざけんなッ!

 シャルッ!何してるのッ!


 身近な人からも見捨てられた時に流れたものと……。


 私はあの女に古傷を開かれた気分になった。

 あの女は私の何を知っているっていうの……。


 呆然としながら宙を舞っていると、目の前にあの女が来た。

 ごめん……ニグルム……。


 目を瞑ろうとした瞬間──。

 ニグルムが人間のものとは思えないくらいの形相で飛び込んできた。


 私は安心して目を瞑った。



 シャルをこのまま死なせるわけにはいかない。

 これからバリバリ働いてもらうんだ──!


 その一心で僕はユナさんに突っ込んだ。

「終焉の呪い」

 僕は2本の剣に呪いを付与した。


 僕はこの呪文を知らない。

 とっさに口をついて出た。

 どうなるかも分からない。

 ただ、人生で初めての友達と言える人を助けるために──。



 ある人は昔こう言った。


 今日も──。

 この世界のどこかで人が泣きました。

 この世界のどこかで人が傷つきました。

 この世界のどこかで人が裏切られました。

 この世界のどこかで人が殺されました。


 でも、誰も気にせず、言いました。

「今日も平和ですね」



 僕はそんな薄情な世界を変えたかった。

 探偵社を立ち上げたのもそれが理由だ。


 そのためにも、今は目の前の害獣をぶっ倒す……ッ!

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退役勇者さんは異世界でゆったりまったり暮らしたい しろねこ @haru-same

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